環境ビジネス情報

印刷用ページを別ウィンドウで開きます



環境経営の現場から

自然と調和した処分場を中心とする“環境村”のモデルをつくりたい 代表取締役社長 杉澤 養康氏

産廃ビジネスに取り組まれたきっかけをお教えください。

 今から16年ほど前、私は盛岡で不動産業を営んでおり、産廃ビジネスとはまったく縁がありませんでした。たまたま仙台にいた同郷の知り合いに頼まれて産廃処分場の経営立て直し資金を用立てたことが、この仕事に携わるきっかけでした。6,000万円もあれば、経営再建できるという話でしたし、不動産価値の高い社長の家を担保に入れるという条件だったので、あまり気乗りはしませんでしたが3,000万円を貸し出すことにしました。ところが、いつまで経っても返済してもらえず、逆にもう少しで再建できると言われてずるずるお金を貸してしまい、結局2億円まで金額が膨らんでしまいました。このままでは回収できないとの危機感から、やむなく私自身の手で経営再建するために処分場を引き継いだというわけです。

 本来、安定型最終処分場ですから無害な廃棄物しか埋められていないはずですが、現場は目を覆いたくなるような状態でした。あたり一面にごみが散乱し、カラスが空を埋め尽くし、異臭が鼻をつき、どす黒い水が川を流れているのです。現場の状況がわかってくるにつれ、とんでもない仕事を引き受けてしまったという後悔の念に襲われました。

 私は産廃に関して素人でしたから、どこから手をつけてよいのかわからないので、とりあえず周辺環境の掃除から始めました。地域住民から嫌悪される施設では経営再建できるわけがない、まずは環境を整え地域の皆さまに認めてもらうことが先決だと考えたからです。

 そんなある日、ごみの山に積もった雪が特定の場所だけ解けていることに気づきました。春になってその個所をバックホー(掘削機)で掘り起こしてみると、ごみが発酵して化学反応を起こし、熱を発生させていることがわかりました。これが悪臭や環境汚染の元凶だとわかり、ごみの山をどんどん掘り起こしていきました。そうこうするうちに気がつくと異臭が消え、水がきれいになっていました。土と空気が接触したことで好気性菌が活性化し、土壌を清浄化してくれたのです。これにヒントを得て、処分場の内部に空気と水が通る暗きょを敷設したところ、みるみる環境が改善していきました。これが処分場再生に向けた最初の光明でした。

 処分場を掘り起こし、埋められているものを分別し直し、かさばる廃プラスチックを破砕・圧縮すれば、処分場を延命させられるだけではなく、環境を改善できるのではないかと考えました。しかし、膨大な量の廃棄物を掘り起こし、手作業で分別していたのでは、何十年かかるかわかりません。何かよい方法はないかと頭を悩ませていたところ、目に留まったのが、2001年の同時多発テロ後にビル崩落現場の瓦礫を処理している分別機でした。さっそく取引先の建設機械業者に無理を承知で頼み込み、同じ機械を輸入してもらいました。この機械を導入したことによって処分場リニューアルのめどが立ったのです。

現場を見学させていただきましたが、ゴミひとつ落ちておらず、緑豊かで空気もきれいで感激しました。

 当たり前の話ですが、きちんと管理をし、埋めてはいけないものを捨てなければ、安定型最終処分場は自然と共生できるのです。処分場をご覧になってわかっていただけたように、現場周辺には草木が青々と茂り、花が咲き、春先には蝶々が舞います。土壌にはミミズがたくさんいて、小動物が飛びまわり、キツネやタヌキもやってきます。処分場から流れる水は飲めるほどきれいで、隣接する広瀬川では元気よく魚が泳いでいます。環境が汚染されていないことは、たくさんの検査データを並べなくても、野生の生き物たちが雄弁に証明してくれています。

 最終処分場は、埋められる量に限界があり満杯になればいずれ役目を終えます。役目を終えた処分場は土を盛ってごみを覆い隠しはしますが、その場から消えてなくなることはありません。役目を終えた後、自然に戻れない処分場をつくってはいけないのです。だから、ここでは自然を壊すものは絶対に廃棄させません。業者が持ち込む積荷は、すべて現場で検査し、ダメなものがあれば持って帰らせ、絶対に受け入れません。当初は、こうした態度が業者の反発を招き、嫌がらせを受けたり、取引量が激減し、経営的に苦しんだこともありました。それでも信念を貫き通していたら、いつしか「安心して任せられる処分場はここしかない」「こんなにきれいで気持ちのいい処分場はない」といった評判がクチコミで広がり、お客さまが戻ってきてくれました。今では「ジャパンクリーンはブランドだから、ぜひとも自社の廃棄物を任せたい」と名指しで取引きしてくれるお客さまもいるほど、認知していただけるようになりました。

処分場リニューアルのノウハウと技術は、全国的に高い評価を受けていますね。

 仙台で培ったノウハウを生かし、困っている他の処分場も何とかできるのではないかと考えました。そこで、まずは地元盛岡で水質問題で困っていた最終処分場を手掛け、そこでも予想通りの成果を上げることができました。その処分場では、裏を流れる河川が、清流にしか棲まないヤマメの稚魚が泳ぐほどきれいになりました。また、マスコミでも大きく報道された、青森・岩手県境で発生した日本一の不法投棄事件の解決にも弊社の技術とノウハウが生かされています。この現場では不法投棄された廃棄物が約87万立方メートルにも及び、山ひとつ丸ごとごみという状態でした。このごみを掘り起こし分別し、再生可能な廃棄物をリサイクルする事業に、弊社は技術協力という形で6年前から参画しています。今後も、こうした不法投棄問題や全国の最終処分場のリニューアル、環境改善に貢献していきたいと考えています。

今後の展望をお聞かせください。

 2010年1月に群馬県館林市で運営している中間処理施設に焼却炉の熱からエネルギーを取り出す発電機を導入しました。この技術はCO2や電気代の削減だけではなく、蒸気や騒音を外部に出さないというメリットがあります。これによって地域と共生できる中間処理施設を実現することができました。今後はこの技術をさらに発展させ、環境に優しい中間処理施設を増やしていきたいと思っています。

 また、弊社処分場は仙台市から30分と近く、都心に近い最終処分場を核としたモデル事業構想の検討を進めています。現在、弊社の考えでもある排出事業者から廃棄物の一環処理をするため、管理型最終処分場を計画しています。地元の皆さまからの同意もほぼ完了し、許認可のめども立ちました。もちろん、この管理型最終処分場も自然と調和し、地域に喜ばれる施設にすることが目標です。花と緑に囲まれた美しい環境を整備するのは当然ですが、この処分場建設が地域おこしにつながるようにしていきたいと考えています。自然エネルギーを利用した農業や、地域の遊休農地を観光農園にし、地域社会と廃棄物の在り方を考える地域交流施設など、自然環境・地域との共存共栄を考えています。

 今、描いている夢は、このプロジェクトを環境共生・地域活性化の成功モデルにすることです。このモデルが成功して全国に広がれば、処分場は嫌悪施設ではなく地域から喜んで受け入れてもらえる施設に変わり、環境保全と地域再生を両立できるはずだと考えているのです。

最後に、ゴミ問題と環境保全に対する社長の思いをお聞かせください。

 日本は製造業の発展によって高度成長を遂げ、人々は豊かな暮らしを手に入れました。一方で、豊かさが増せば増すほど、正比例してごみも増え続けました。その結果、発生したのが不法投棄や土壌汚染、環境破壊につながるごみ問題です。確かに近年は環境問題が社会的に認知され、リサイクルやごみの分別が当たり前となり、処分場に持ち込まれるごみは少なくなったかもしれません。ですが、リサイクルや分別で一時的にごみを減量できたとしても、モノをつくり続けている限り、いつかは必ず処分場にごみが送られてきます。リサイクルは、その時間を少し遅くしているにすぎないのです。製造業が発展している国の裏側には、それと同規模のごみ問題があることを忘れてはいけません。私たちはその事実にきちんと向き合うべきです。今、目の前にあるごみを正しく処理するだけではなく、廃棄物の関連法が整備される前の時代にも目を向け、高度成長の裏で野放図に埋め立てられていたごみにも責任を持たなくてはいけないと思うのです。子どもたちの世代に負の遺産を引き継ぐことがないように、これからもしっかりと“後片付け”のビジネスを続けていきたいと考えています。

会社概要

社名
株式会社ジャパンクリーン
所在地
宮城県仙台市青葉区中央3-2-1
資本金
6,500万円
事業内容
産業廃棄物の中間処理施設および最終処分場の運営
TEL
022-223-6011(代表)

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.84(2010年7月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。


環境経営の現場からトップへ

印刷用ページを別ウィンドウで開きます

このページの先頭へ戻る