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環境経営の現場から

大都会を舞うミツバチが教えてくれた自然と絆の大切さ。人と花と地域をつなぎ羽ばたく「銀座ミツバチプロジェクト」 農業生産法人 株式会社銀座ミツバチ 代表取締役社長 田中 淳夫氏

「銀座ミツバチプロジェクト」発足の経緯をお教え願えますでしょうか。

 そもそも私たちは、銀座3丁目の紙パルプ会館でテナントや貸し会議室を運営する事業を展開しており、会議室の空いた時間に、さまざまな勉強会や異業種交流会を開催していました。あるとき、講師としてリストアップした有名な養蜂家の藤原誠太さんが「養蜂ができる屋上を探している」とおっしゃるので、都会でミツバチを飼うのは危ないのではないかと尋ねました。すると、藤原さんはミツバチの生態について教えてくれたのです。彼らは、わずか30〜40日という短命で、生まれてすぐに巣の掃除を担当し、それが終わると幼虫にハチミツを与える育児に追われ、その後、女王バチの世話、巣の修復、門番を経て、ようやく外回りに出るときには余命10日程度。花ミツを採ってくる外回りは成績重視ですから、巣から花へ直行することで手いっぱい、人を刺している暇なんてないということでした。だったら、うちの屋上で養蜂をしてもいいんじゃないか、うまくいけばハチミツを分けてもらえそうだと考えてOKしました。消費する街の象徴である銀座で、ハチミツを生産するなんて面白いでしょう。

周囲の反対もあったのではありませんか。

 当ビルには、百貨店の本社があり、株主総会や展示会なども開催され、1日に5,000人が利用するので、社員からは「危ないのでやめて下さい」と言われ、テナントさんからは「ここは銀座ですよ。どういうつもりですか」とけげんな顔をされました。それでも反対意見ばかりではありません。銀座通連合会や松屋通親交会、京橋消防署、中央区の公園緑地課などを訪ね、銀座で養蜂をやりたいと伝えると、消防署の方はあいさつに来てくれましたし、中央区の助役さんも「楽しみにしています」とおっしゃって下さいました。もしも、屋上を養蜂家にお貸しするだけだったら理解を得られなかったかもしれませんが、私自身が養蜂を手掛けるというので、皆さんも納得してくれたのだと思います。

 後から聞いた話ですが、銀座のある会社の会長がこんなことをおっしゃっていたそうです。「銀座は京都ほどの歴史がある街じゃない。140年の歴史で進取の気風があり、昔から奇想天外な輩が必ず出てくる街なんだ。でも、銀座っていうフィルターがあるから、いいものは残るけれどダメなものは消えていく。仮に、そぐわないものがあっても、銀座にはそれを受け止める力があり、いいものに変化させてくれるものだ」と。この言葉は、私も銀座の街を学ぶ勉強会で聞いていたので、その通りだと思い、とにかく成功するまで続けなければならないと思っていました。

「銀座ミツバチプロジェクト」の概要をご紹介願えますでしょうか。

 まさか、社員に「明日から養蜂係だ」とは言えないので、日頃から勉強会などでお付き合いのある方に声を掛けたところ、バーの支配人、弁護士、演劇プロデューサー、パティシエなどたくさんの方が集まってくれました。2006年3月28日、この市民団体を中核メンバーとして「銀座ミツバチプロジェクト」がスタートしました。初年度は150キログラムを超えるハチミツが採れ、天候に恵まれた翌年は3カ月で260キログラムの収量となりました。徐々に活動が広がり、2年目にはNPO法人化、2010年には専従スタッフが必要になり、農業生産法人株式会社銀座ミツバチを設立するに至りました。ちなみに、2011年には840キログラムものハチミツが採れました。

 採れたハチミツは、百貨店での販売、ケーキ屋さんや和菓子屋さんのスイーツ、老舗バーのカクテルなどになり、銀座の街で消費されています。使っていただく際の基本条件は「銀座で採れたハチミツは銀座の技で商品にしていただく」です。

プロジェクトは、養蜂を超えた広がりを見せていますね。

 最初は、ミツバチのために屋上ガーデンをつくろうという話だったんです。老舗百貨店や結婚式場、酒造会社などが協力してくれ、花や野菜を栽培する屋上ガーデンをつくることになりました。幸い中央区には屋上緑化の助成制度があったので、これを利用して2007年から「銀座ビーガーデン」と名づけた活動がスタートしました。現在、銀座界隈に計8カ所の屋上ガーデンがあり、総面積は1,000平方メートルを超えるまでになりました。

 屋上ガーデンをつくる際、苗が必要になり地方の農業生産者に声を掛けさせていただきました。すると、各地からたくさんのご協力があり、新潟からはブランド物の「茶豆」の苗までいただけたのです。無料でご提供いただいたので、こちらも何かお役に立てないかと考え、あるイベントを企画しました。銀座のビルの屋上で、クラブのママさんが着物で農作業したら面白いんじゃないか、茶豆のPRになるんじゃないか、そう思ったんです。ママさんに相談すると「夜の蝶の私たちが日中に農作業したら溶けちゃうよ」なんて言われましたけど、結局、協力してくれました。一流クラブのママさんがビシッと着物を着こなして農作業する姿は、それは壮観でしたよ。その話題性をメディアは見逃しませんでした。テレビ、新聞、雑誌はもちろん、海外メディアからも取材が殺到しました。

 リーマンショックや東日本大震災の影響で、銀座のクラブやバーも大変な時期がありましたが、これを機にお客さんが戻ってきてくれれば幸いです。ママさんたちは一流の経営者ですから、その効果をしっかり計算し、その後は積極的に協力してくれるようになりました。

地方の生産者とも協働されていると伺いました。

 苗を提供いただく過程で、地方の生産者と接する機会が増え、彼らの現状が見えてきたんです。地方には、リスクを負ってまで無農薬や有機栽培に取り組んでいる生産者がいるのですが、流通段階で買いたたかれてしまうこともあり、彼らの努力は報われているとはいえません。丁寧に農作物を育てている生産者の役に立ちたいとの思いから、銀座で場所を提供するのでマルシェ(市場)を開きませんかと提案したんです。このイベントが、地方の優良な生産者と街の購買力のある消費者をつなぐ効果を生み、予想以上の評判となりました。こうして始まったのが、「ファームエイド銀座」です。これまでに新潟県、茨城県、愛媛県宇和島市、栃木県茂木町、徳島県阿南市、大分県竹田市、岡山県新庄村、秋田県藤里町、高知県本山町、福井県などさまざまな地域との交流を図ってきました。

 震災後には、福島市土湯温泉町までバスをチャーターして銀座からバーテンダーやママさんを連れて出かけ、銀座産ハチミツを使ったカクテルやハニーミルクを振る舞ったこともありました。現地では被災された方が集まり、大変なにぎわいとなり「土湯が1日銀座になった」とニュースにもなりました。震災前から福島市で農地を借り、農産物をつくっていましたが、 震災後は菜種油や手づくり味噌の生産の取り組みも始まりました。今では、各地で耕作放棄地の復活や、環境影響度の低い農法の支援などでも連携しており、農作業に地域の子どもたちや福祉作業所の方が参加するなど、活動はどんどん広がりを見せています。ミツバチで始まった活動が、農業再生、教育、社会福祉、町づくりまで広がり、地域を超えた心の交流につながったのです。

 ほかにも、札幌や仙台、小倉、名古屋でミツバチプロジェクトが始まったり、韓国やロシア、イタリアなどとのつながりも生まれており、活動はますます広がりを見せています。

ミツバチプロジェクトの何が、多くの人を惹きつけるのでしょうか。

 ミツバチは、1匹では生きられない社会性の昆虫です。短い一生の中で自らの役割を果たし、コミュニティを形成し、環境と共存しながら生きています。人間も1人では生きられません。このプロジェクトに関わった方々は、都会に生きるミツバチと接する中で、コミュニティの大切さや自然と共存する意義など、生きていく上で本当に必要なものに気づかされたのではないでしょうか。

会社概要

社名
農業生産法人 株式会社銀座ミツバチ
所在地
東京都中央区銀座3-9-11紙パルプ会館
資本金
328万円
事業内容
養蜂業および農産物、農産加工品に関わる事業
TEL
03-3543-8111(代表)
URL
http://www.gin-pachi.jp/

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.96(2012年7月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。


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