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新しい循環型社会のヒントは江戸にあり

 江戸時代の日本は、生活に使う物資やエネルギーのほぼすべてを植物資源に依存していた。鎖国政策により資源の出入りがなかった日本では、さまざまな工夫を凝らして再生可能な植物資源を最大限に生かし、独自の循環型社会を築き上げるしかなかったのである。植物は太陽エネルギーとCO2、水で成長することから、言い換えれば江戸時代は太陽エネルギーに支えられていた時代だということもできる。『大江戸えねるぎー事情』や『大江戸リサイクル事情』などの著書を持つ作家の石川英輔氏は「江戸時代の生活は、化石燃料に頼らずに生きるための知恵と経験の集積であり、太陽エネルギーだけで生きるとはどういうことなのかを知るために、これほど具体的でわかりやすい見本はない」と語っている。

 地球温暖化という未曽有の事態に直面した我々は、大量消費社会から新しい循環型社会へ舵を切らざるを得ない状況にある。新しい循環型社会を築く上で、江戸の暮らしから学ぶことは多い。先人が生み出した知恵や工夫をあらためて検証し、ITやナノテクノロジーなど現代の高度な技術と組み合わせれば、新しい循環型社会の姿が見えてくるに違いない。

 本特集は、江戸時代の循環型社会を検証し、次代に生かすヒントを見出すとともに、それを現代技術と融合させたソリューションを取り上げ、新しい循環型社会の在り方を考察するものである。

検証1|江戸時代の暑さ対策

エネルギーゼロで夏の涼をとる

 江戸の人々は、さまざまな工夫や知恵を働かせ生活の利便性を高めたが、それでも夏の暑さには苦労したようだ。冬の寒さは、衣服を着込んだり、火鉢や囲炉裏で炭を燃やせばやり過ごせるが、暑さをしのぐのは大変だった。衣服を脱ぐ、行水をするという方法もあるが、そればかりやっているわけにはいかない。そうした中で生まれた知恵の1つが、打ち水である。当時は、夕方になると打ち水をし、縁台を出して涼をとる人々の姿があちらこちらで見られた。科学的根拠に基づいて気化冷却現象を利用したわけではないだろうが、打ち水をすれば過ごしやすくなることを当時の人は感覚的に知っていたのであろう。

 家の中に風を通すことも涼をとる工夫として取り入れられていた。当時の住宅は家の向きを十分に考慮し、大きな開口部を設けて、家の中に風の道をつくる設計がなされていた。さらに、日射による熱を防ぎながら風だけを通す簾(すだれ)やよしずも生活必需品として利用されていた。

 また、江戸の町を巡る泥道が天然の空調機として働いていたという説もある。江戸の道が泥道であることは当たり前だと思われるかもしれないが、実は当時から舗装技術はあったのである。1800年代初期の江戸を書いた『江戸名所図会』という絵入りの地誌には、四谷大木戸(現在の四谷四丁目交差点)の先に立派な石畳の舗装がされた甲州街道が描かれている。つまり、舗装技術はあったがほとんど使われなかったことになる。労力や技術の問題で舗装を進めなかったのかもしれないが、泥道だったおかげで暑い日には気化冷却が起こり、町全体を冷やす役割を果たしていたことは実に興味深い。

 このように江戸時代は、水や風など自然の力を最大限に生かしながら、エネルギーゼロで生活の快適さを生み出す工夫をしていたのである。

検証2|江戸時代の着物リサイクル

着物は徹底的にリサイクルされ、灰になっても利用された

 当時の着物は一切無駄がなかった。たとえば大人用の着物は、細長い一反の布から前身ごろ、後ろ身ごろ、衿、共衿、袖、衽(おくみ)などの部分を切り出して仕立てるが、体に合わせて裁断する洋服とは異なり、半端な断ち落とし部分がないので端切れはほとんど出ない。さらに、着物は着付けの仕方によって調節できるし、すべてが直線縫いのため容易に仕立て直すことができる。それゆえに背が伸びても、恰幅がよくなっても、一着の着物で賄えるのである。子どものいる家では、最初に大きく着物を仕立て、腰や肩の部分を縫い上げておくのが普通だった。こうしておけば、成長したとき縫い上げた部分をほどいて長くするだけでいい。長男が成長して着られなくなれば、次男に着せるのは当たり前である。繕いの跡やすり切れた部分が目立つようになれば、寝間着、おむつ、雑巾などに転用し、徹底的に使い尽くされた。次々に形を変えて再利用されていく着物の一生は、雑巾で終わりではない。ぼろぼろの布になった後は、かまどや風呂釜の燃料になるのである。さらに、燃え尽くした後の灰さえも、農業では肥料、酒造では麹菌の増殖、陶器の上薬として利用されるなど、徹底的に使い抜かれた。

検証3|江戸時代の住生活

長く使い続けるための工夫と知恵と匠の技術

 江戸時代に家を建てることは、大仕事だったことはいうまでもない。大量の資源と膨大な労力、そして匠の技が投入される家は何よりの財産だった。大切な財産だからこそ、何代にもわたって住み継いでいく工夫が随所に凝らされていた。建物の基礎は、礎石の上に柱を立てる「石場立て」と呼ばれる方法が使われた。この工法は、地面から吸収される水分で柱が腐るのを防ぎ、床下の風通しをよくして湿気やシロアリの被害を防ぐ効果がある。その上、地震に対する耐久性にも優れていた。揺れを基礎から上部構造に伝えず逃す柔構造のため、免震効果が高く地震の多い日本に適していた。家の構造は、金釘を一切使わない継手(つぎて)仕口(しぐち)と呼ばれる技法で柱や梁が組み合わされていた。継手仕口には、用途に応じて「腰掛け蟻継ぎ」「金輪継ぎ」「追掛大栓継ぎ」など、さまざまな技法があり、当時の大工はこれらを駆使して長く住み継げる家を建てた。この技法は、金釘を使わないため時間がたっても錆・腐食が発生せず、接合部分を解体して組み直せるので増築や改築に適している。また、木材は時間経過とともに内部の水分が抜け乾燥するため、使えば使うほど強度が高まっていくという特徴がある。他にも、調湿機能に優れた土壁や漆喰を用いた壁材、狭い家の間取りを自由に変えられる引き戸など、家族の人数が変わっても住み続けられる工夫が随所になされていた。


新しい循環型社会を生む画期的なアイデアは、化石燃料から脱却しなければ生まれないのかもしれません。

 もしも江戸の人々が安価な石油を入手していたら、生活は便利になり循環型社会も築かれなかったかもしれません。当時は、限られたエネルギーしかないという制約があったからこそ、知恵を絞り、技を磨き、循環型社会を築いたのだと思います。

 もしかしたら、そこに新しい循環型社会を考えるヒントがあるかもしれません。たとえば1年後に化石燃料が枯渇するとしたら、現代の人々も本気で知恵を絞り、科学技術の粋を尽くすのではないでしょうか。地球温暖化がどれだけ叫ばれても、産業構造は旧態依然のままで大量消費社会から抜け出せない、その理由は“まだ化石燃料はなくならないから大丈夫”という気持ちがあるからではないかと思うのです。

 本気で新しい循環型社会をつくるなら、従来のやり方を継承するのではなく、まったく新しい発想で物事を考え直すことが必要です。日本人には、そうした工夫や知恵を生み出す素養があります。デジタルカメラなどはその典型例です。歴史ある銀塩フィルムから完全に飛躍して、新たな科学技術を持ち込んだデジタルカメラは、エネルギー使用量も利便性もフィルムカメラをはるかにしのぐものとして生まれ変わりました。

 江戸の人々が制約の中から、優れた知恵や工夫、技を生み出したように、あえて資源を制約することが現代社会を変える起爆力になるのかもしれません。


Profile

石川 英輔(いしかわ えいすけ)
作家。1933年生まれ。印刷会社経営を経て、1985年から専業作家となり、江戸時代のエネルギー、資源、環境などについての著作や講演に注力する。江戸時代の庶民生活の知恵や暮らしぶりを紹介した『江戸時代はエコ時代』『大江戸えねるぎー事情』『大江戸テクノロジー事情』『大江戸リサイクル事情』『大江戸えころじー事情』など著書多数。




事例1:ゼロエネルギーで都市を冷やす

打ち水効果を応用した「バイオスキン」

 江戸の人々は、暑さをしのぐために打ち水や簾を利用したと前段で紹介した。こうした風習は、冷房機の普及によってすっかり影を潜めてしまった。しかし、打ち水や簾のメカニズムを科学的に解明してみると、非常に合理的であり学ぶべきところが多いのも事実だ。実際、これらの風習が持つメカニズムを先進的技術と融合し、革新的なシステムを生み出した事例がある。それが、ゼロエネルギーでビルと街を冷やす「バイオスキン」である。

 バイオスキンは、雨と風と太陽という自然エネルギーを使って高層ビルおよびその周辺の温度を下げる革新的なシステムである。株式会社日建設計によって設計されたバイオスキンは、東京・大崎で建設中のソニー株式会社の新オフィスビルに採用されている。この地上24階の高層ビルの東側の壁面には、各階を縫うように手すり状のパイプが簾のように設置されている、これがバイオスキンの主要構成要素である。

 この簾を構成するパイプは多孔質のセラミックで製造されており、その内部は中空構造になっている。パイプは外気にさらされているため、暑い夏には日射によって熱せられる。熱せられたパイプ内部に水を流すと、セラミック内の無数の小さな穴に水が浸透し、温度差によって気化冷却現象が発生するというのが、バイオスキンのメカニズムである。内部に流れる水は屋上で取り込み、地下の貯水槽に貯められた雨水である。貯水槽の雨水はろ過・塩素殺菌され、同ビルに設置された太陽光パネルの電力でポンプアップされ、各階のパイプを流れる仕組みになっている。いわば高層ビル用打ち水システムである。

 実物大模型を使った実験と気流解析シミュレーションによれば、バイオスキンを設置することでパイプの表面温度を最大約10℃下げる効果が期待できるという。また、南から吹き込む風がバイオスキンを通過する際に空気が冷やされ、周辺温度も約2℃低下させる効果が期待できる。さらに、ビル周辺の歩行域の平均放射温度も外壁面からの冷輻射によって低下し、快適性が向上するとの試算もなされている。

 バイオスキンの設計を担当した日建設計の山梨知彦氏に話を伺った。「バイオスキンは、単に空調コスト削減や省エネを実現するシステムではありません。そもそも開発の出発点は、アスファルトとコンクリートで固められて自然の力を封じられた都市問題に対する我々建築家としての思いにありました。土地の狭い東京では、大型建築物が建つとビル風、日射量・気温の変化、反射光害など、周辺地域に大きな影響を及ぼす恐れがあります。ヒートアイランド現象やゲリラ豪雨などの問題も、環境への影響を十分に考慮せず街づくりを進めてきた過去の土木・建築に起因しているといわれています。建築に携わる人間は、この事実を真摯に受け止め、その解決策を追究する責任があるというのが我々の考えです。そこで、我々が目指したのは、新しい建築物を建てることが自然の力を取り戻すことにつながり、街の環境を改善するという、従来とは逆の発想でした。さまざまな検討を重ねた結果、行き着いたのが今回のバイオスキンです。バイオスキンは、建築物が建つことで周辺環境を改善しうる、かつてないソリューションです。しかし、バイオスキンを既存の建築物に設置すれば、街の環境改善ができるというわけではありません。バイオスキンは、この立地、建築条件、気象条件を考慮した上で生み出されたカスタムメイドなシステムであり、汎用的なものではありません。ですが、バイオスキンに込めた思想は、必ずこれからの街づくりに生かせると考えています」。

 バイオスキンを備えたオフィスビルは2011年に竣工となる。その効果がシミュレーション通り発揮されるかどうか、検証結果に大きな注目が集まっている。

事例2:繊維 to 繊維のリサイクル

循環型リサイクルシステム「エコサークル」

 江戸時代の着物は徹底したリサイクル・リユースが行われていた。現代においても、ファッションとしてのユーズドウェアの定着、リサイクルショップの浸透、フリーマーケットでの古着販売、企業やNPOによる古着の回収および途上国への寄付など、さまざまな形でリサイクル・リユースが行われている。こうした実情をみると、衣服については江戸時代同様の「もったいない」精神が引き継がれているといえるかもしれない。いや、それどころか、現代では江戸時代の常識をはるかに超える進化した衣服リサイクルが実現している。それが帝人ファイバー株式会社のケミカルリサイクル技術を核にした循環型リサイクルシステム「エコサークル」である。同社はポリエステル衣料からポリエステル原料を取り出して、新たな衣料へ生まれ変わらせる技術を開発した。

 「従来のリサイクル技術では、再生可能な繊維が限定されたり、品質が安定しないなどの問題がありました。これに対し、帝人ファイバーのケミカルリサイクル技術は、古着などの使用済みポリエステル製品を分子レベルまで分解し、バージン原料と同品質の原料に再生することから何も制約がありません」と、帝人ファイバー株式会社 経営戦略チームの池田裕一郎氏は従来技術との違いを説明する。

 同技術の特徴は、ポリエステル以外の成分が混合された衣料でも、異物を取り除き、バージンポリエステルと同等の原料に再生できることにある。しかも、リサイクル素材でありながらポリエステル本来の物性が損なわれず、マイクロファイバーや異型断面糸、特殊ポリマーなどさまざまな繊維に加工することができる。さらに、同社の技術を使えば、何度でも高品質のポリエステル原料を再生することができる。

 「エコサークルというのは、帝人ファイバーのケミカルリサイクル技術を核にしたポリエステル製品の循環システムの総称です。繊維to繊維の衣料リサイクルは、エコサークルの一部に過ぎません。弊社では、ペットボトルや衣料、フィルムなどのポリエステル製品全般を回収して、新たなポリエステル製品として循環させる仕組みづくりを目指しています」(池田氏)。

 エコサークルを利用すれば、石油からポリエステル原料を製造する場合と比較してエネルギー使用量を約84%、CO2排出量を約77%削減できると試算されている。どうやらポリエステル衣料に関しては、江戸時代より現代の方が先を進んでいるようである。

事例3:100年、200年と家を住み継ぐ

匠の技術と現代の快適性を両立させた古民家再生

 日本の住宅の耐用年数はおよそ30年だという。つまり、親が建てた家は子どもの代までもたないということだ。何代にもわたって住み継ぐことを前提に設計された江戸時代の住宅とは、思想がまったく異なるといってよい。しかし、環境意識が高まる中、住宅の在り方も見直すべきときに来ている。実際、近年では古き家のよさを見直し、改修しながら長く住み続けようという機運が高まっている。古民家再生もその一環といえる。

 築後100年を超える古民家には、住み継ぐための知恵が数多く詰まっている。古民家の多くは、非常に太い無垢材が柱や梁に用いられており、高い強度を誇っている。また、柱や梁というフレームで強度が保たれているため、窓や扉の増設、開口部の拡大、間取りの変更などを自由に行うことができる。さらに、前段で紹介したように金釘を使わない継手仕口の技法が使われているため強度劣化の心配はない。一方、現代の住宅は、構造部を接合金具で連結する工法が主流であるため、完成直後の強度は高いが、時間の経過とともに錆や腐食、ボルトの緩みが起きる可能性がある。また、壁と床を強固に一体化した構造が多く、金物の交換や破損箇所の修復が難しく、金物の寿命が住宅の寿命を決めるとの指摘もある。

 数々の古民家再生を手掛けてきた株式会社和田工芸の和田勝利氏は次のように話す。「古民家の再生は住み手のニーズに合わせることが重要です。柱や梁など優れた構造材は最大限に生かすべきですが、100年前の生活習慣をすべて継承することはありません。『寒い』『暗い』『不便』といった古民家の弱点を解消し、生活スタイルに合う間取りに変えたり、断熱材を取り入れるなど、現代の技術をうまく融合させることが、長く快適に暮らすための秘訣です」。

 住み継ぐ文化は現代の住宅技術と融合して継承される傾向にあるが、その実現には、伝統的な継手仕口などの技を習得した職人が欠かせない。匠の技を継承する人材の育成が住宅業界の大きな課題となっている。

過去に戻るのではなく、未来を変えるために

 近年、多くの企業が環境技術の開発を進め、太陽光発電や電気自動車、LED照明などさまざまな環境配慮製品を生み出している。これらの製品は、環境負荷を減らすという点で効果的だが、環境問題のすべてを科学技術で解決できるわけではない。地球上には膨大な生命の営みがあり、それらの恩恵によって全体のバランスが保たれている。科学技術はある目的においては強力な効果を発揮するが、自然のメカニズムに反する使い方をすれば、他方に悪影響を及ぼしバランスを崩す恐れがあることを忘れてはならない。

 バイオスキンのように、科学によらず身に付けた先人の知恵や工夫を取り入れつつ、自然のメカニズムを取り戻す方向へ先進技術を融合していくことが、新しい循環型社会を構築するヒントになるのかもしれない。

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.86(2010年11月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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