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次世代農業を展望する
輸入食材の安全性の問題や、食糧価格高騰、原油高騰、円高など、さまざまな要因を受け、今あらためて日本の農業に光が当たっている。自給率向上や地域再生、雇用創出などの効果に加え、最近では農地土壌による炭素貯留という温暖化対策の機能も評価されるようになっている。そこで、これからの農業に期待される環境機能や、日本が目指すべき次世代農業の在り方、その課題を考える。

生物多様性を育む農地

 日本では古来より、農地など人の手が加えられた環境も「自然」として受け入れてきた。この日本人特有の自然観を代表する風景の1つに、「里山」がある。そこは人に管理されたエリアでありながら、水生生物や鳥類など多くの生物に住みかを提供し、多様な植生を育む場にもなっている。

 人工と非人工が共存する里山は、日本の生物多様性を根幹から支える存在といえるであろう。里山の生物多様性保全の機能は、いまや世界的にも高く評価されており、里山は「SATOYAMA」の名称で世界に知られるようになった。

 農地は、里山を構成する重要な要素の1つである。そのため、農地が持つ生物多様性保全の効果は以前から注目されている。最近はそれに加え、温暖化対策ニーズの高まりを背景に炭素貯留機能への関心が高まり始めている。

農地土壌をCO2吸収源に

 これまで日本では、農地土壌が持つ炭素貯留機能は高く評価されておらず、逆に農業はCO2排出産業の1つとして位置づけられてきた。というのも、ハウスの加温や農業用機械の運転などからCO2が排出されており、また、施肥された肥料が変化してCO2より温室効果が高いメタンガスが発生したりするからである。2007年度の農業分野からのCO2排出量は、全体の1.9%を占めていた(「日本国温室効果ガスインベントリ報告書 」2009年4月、温室効果ガスインベントリオフィス編)。

 しかし、施肥方法や農法を工夫することで、温室効果ガスの排出を抑制でき、やむをえない排出分についても、それを上回る量の炭素を農地土壌に貯留できることがわかってきた。京都議定書では、適正に管理された森林がCO2吸収源として認められていることは広く知られているが、実は農地土壌も森林と同じ効果を持つものとして、CO2吸収源に加えることが認められている。先述したように、日本はこれまで農業をCO2排出源としてきたが、現在はその認識を転換し、ポスト京都議定書では農地土壌をCO2吸収源に加える方向で調整を進めている。

 これから地球規模でCO2を着実に減少させるには、産業活動などに伴うCO2排出量の抑制を徹底するとともに、CO2吸収源の拡大も進める必要がある。国土面積の小さい日本では、森林面積を拡大することは容易ではない。そうした中、森林に次ぐ新たなCO2吸収源として、農地土壌が大きな意味を持つようになっている。

腐植物質として農地に蓄積される炭素

 農地土壌が炭素を貯留するメカニズムを見てみよう。

 農地では、肥料として投入された炭素成分や窒素成分などを作物が吸収し、成長する。このとき、肥料の全量が作物に吸収されるわけではなく、残りの一部はCO2やメタンなどの温室効果ガスとして大気中に排出されたり、土壌中に蓄積されたりする。

 農地土壌にはこうした炭素の投入と放出のバランスがあり、投入量が放出量を上回れば炭素が農地土壌に蓄積されていくことになる(図表1) 。

 農林水産省 が2008年3月にまとめた報告書「地球温暖化防止に貢献する農地土壌の役割について」では、炭素貯留能力を高める手法として、家畜排泄物など有機物の施肥による効果が高いことを指摘している。有機肥料には化学肥料より多くの炭素成分が含まれているためで、かなりの部分はCO2などに変化するが、一部は腐植物質と呼ばれる難分解性の土壌固有の有機物として土壌中に蓄積されるという。

有機肥料で炭素貯留量が増加

 同報告書では、農地土壌の炭素貯留能力についての試算結果もまとめられている。それによると、仮に全国の農地土壌に堆肥や稲わらなどの有機物を施用した場合、化学肥料のみを施用した場合に比べ、年間で貯留できる炭素量が約220万トン増加するという。水田土壌からのメタン発生量が炭素換算で約17?27万トン増加する点はマイナスになるが、それを差し引いても炭素貯留量は年間約193?204万トン増加することになる(図表2)。

 京都議定書において日本は、温室効果ガス排出量を1990年比でマイナス6%とすることを目標としている。この削減量を炭素換算すると、2,063万トンとなる。つまり、その約1割相当の削減量は、農地土壌への炭素貯留で賄えることになる。

 もともと日本の農地土壌の表層30センチメートルには、水田1.9億トン、畑1.6億トン、樹園地0.3億トンを合わせて計約3.8億トンの炭素が貯留されているという。それを放出させず、逆に貯留量を増やしていくことが、これからの農業施策には求められる。

 同報告書では、有機物施用に加え、土壌改良資材の利用や施肥量の適正化なども効果があると指摘している(図表3)。表を見ていただくとわかるように、それら取り組みには有機農業の手法と共通しているものが少なくない。このことから、今後、農地土壌への炭素貯留量を増やすには、有機農業を浸透させることが1つの方策と考えることができそうである。

 そこで注目されるのが、農業参入に関する企業の動向である。数年前から農業に参入する企業が増えており、その多くが有機農業に挑戦しているのだ。農家の高齢化が進み、後継者や担い手の不足が指摘される中、日本の農業を下支えするためにも、企業への期待は高まっている。

有機農業に乗り出した企業

 農業に関心を持つ企業の中でも、とりわけ食品を扱う企業の場合、安全で安心な農作物の利用が商品ブランドの確立に直結することから、有機農業へのこだわりを強く持っているようだ。

 外食産業を手掛けるワタミは、その代表格といえるだろう。2002年、安全で安心な野菜を安価で提供したい、その強い思いで農業に参入した。農薬や化学肥料は使わないという、徹底したこだわりを持っている。

 同社は1984年から居酒屋チェーンを展開していたが、当初は市場流通品を購入していた。その後、有機JAS(有機農業で生産する農家の認証制度。農林水産省が管轄する)の認定を取得した農家と契約を結び、一部はそこから購入するようになったが、JAS法に基づく有機農産物は全体の0.16%(2005年度)しか流通しておらず、安定した調達が難しかったことから、みずから農業を手掛けることを決めたという。

 2.7ヘクタールからスタートし、今では畑地と牧草地を合わせて約500ヘクタール、日本最大規模の有機農業生産法人に成長した。有機JAS認定されている農家との契約も、100件以上に拡大している。現在、店舗で提供しているメニューのうち、有機野菜(特別栽培も含む)の比率が40%。将来的にはそれを、100%に引き上げるとしている。

 また、一部ではあるが、店舗で発生する廃食品から飼料を作り、それで家畜を飼育し、そのふん尿で育てた農作物を店舗で提供するという、循環型農業の試行も始めた。こちらも、将来的には全店舗への導入を目指している。

 食品流通大手のセブン&アイ・ホールディングスは2008年に農業事業に参入した。農地は4ヘクタールと小規模ながら、有機肥料を使用し、減農薬での生産に取り組んでいる。

 使用している有機肥料は、イトーヨーカドーで排出された食品残さから製造したものだ。堆肥化は外部企業に委託しているものの、千葉県内9店舗の食品残さを堆肥化し、この肥料で育てた野菜を同じ店舗で販売するという循環型農業のループを形成している。

 このように、有機農業にこだわった企業の農業への取り組みが活性化することは、農地土壌への炭素貯留量の増加はもちろんのこと、有機資源の循環が形成されるなど、農業の環境負荷を多面的に軽減できる可能性を秘めている。

進む農地制度改革

 政府も農業関係の規制緩和を進めることで、企業など農外からの農業参入を積極的に支援している。最初に農業参入の大きなきっかけを企業に提供したのは、2005年にスタートした特定法人貸付事業、いわゆる農地リース方式である。

 それまでは企業が農業を開始しようと思っても、農業生産法人を設立しなければ農地を取得できなかった。しかし、農業生産法人には、業務執行役員の過半が法人の農業や関連事業に常時従事(原則、年間150日以上)することなど、厳しい規制がかけられており、法人格の取得は容易ではなかった。

 そのため、2005年に始まった特定法人貸付事業では、要件を満たした企業であれば農業生産法人ではなくても農地を借りられるように制度が見直された。この規制緩和をきっかけとして農業に参入する企業が相次ぎ、農林水産省によると2009年3月1日時点で349団体が同事業を活用しているという。

 また、2009年6月に公布された改正農地法では、それまで耕作者が農地を「所有」することが適当とされていたが、農地の効率的な「利用」を促進することが重要であるという具合に、法律の目的が大きく見直された。これにより、特定法人貸付事業では要件を満たした一部企業にしか与えられていなかった農地を借りる機会が、今後はすべての企業に与えられることになった。

 「所有」する農地から「利用」する農地へと、農地制度は今、大改革の時代を迎えている。以前に比べれば間違いなく企業は農業に参入しやすくなっており、これまでにない多種多様なビジネスアイデアを実現するには、絶好の時期だといえる。

 すでに一部の食品流通や食品製造などの大手企業からは、異業種連携による新しい農業ビジネスモデルの確立に向けた動きが出始めている。

企業連携で農業ビジネスを加速

 日本総合研究所の呼びかけで2009年2月に発足した「次世代農業コンソーシアム」がそれである。

 高齢化や担い手不足、食料自給率の低さなどから、日本の農業は脆弱であるというイメージを持つ人がいるかもしれないが、農家の技術レベルが低いわけではない。むしろ篤農家の技術水準は、世界的に見ても高い方であろう。しかし、農業の経営が厳しいこともまた事実である。

 次世代農業コンソーシアムは、この矛盾を解消するため、安全で安心な野菜を、確実な流通ルートを通じて適正な価格で販売し、農業をビジネスとして成立させることを目指して設立された。「次世代農業」とは、産業として自立できる農業のことである。

 現在、農作物の多くは農協を通して市場取引されているが、農作物の大きさや形にばらつきがあるものは、市場取引では扱われなかったり、低価格で売買されることもあるという。しかし、そうした農作物であっても、これまでとは異なる多様な流通経路に乗せることで、適正な価格で売りさばける販売網を構築できると考えている。

 この考え方に21社が賛同した。会員一覧には、先述のセブン&アイ・ホールディングスや双日など、大手企業が名を連ねる(図表4)。ここに自治体や農家、37農協がオブザーバーとして協力する。

 農業に関係する産業は幅広く(コラム参照)、会員各社が持つノウハウはその一部でしかない。しかし、複数の会員企業がそれぞれのノウハウを持ち寄ることで、事業化までのスピードが速まると考えている。

地域再生の機会も創出

 次世代農業コンソーシアムのような異業種連携は、農地の「所有」や農業生産法人の設立を基本としていた従来の農地制度の下では、取り組みにくいものであった。「利用」する農地への流れがあったからこそ、作物生産に関与しない多様な業種からの参画と連携が可能になったのである。

 一方、改正農地法には、企業連携だけではなく、地域の取り組みを後押しする内容も盛り込まれた。集落営農の取り組みがしやすくなるのもその1つである。

 従来の集落営農では農家が構成員の中心だったが、今後は非農家、食品加工業、建設業なども構成員に加わることができる。これにより、地域内で収穫した特産物を、地域内で加工し、地域内の旅館で販売するなど、地域ぐるみでの農業経営が可能になった。

 このように今回の農地制度の改革は、企業にとってはビジネスチャンスであり、地方にとっては地域再生の機会でもあるのだ。

農業財源として期待される炭素クレジット

 農地制度改革を契機に、今後、企業や異業種連携、集落営農法人など多様な主体による、多様な農地利用が進むものと予想される。この機会に有機農業の地位を確立することを、これからの農政には期待したい。

 すでに政府は2006年に、有機農業の推進と有機農家の育成を目的とする「有機農業推進法」を成立。これを受け農林水産省は、2011年までに有機農業の推進を目的とする体制が整備されている市町村の割合を50%以上とすることを目標に、支援施策の拡充を進めているところである。

 これら政策による財政支援に加え、新たな資金調達手段として炭素クレジットの市場取引メカニズムの活用が考えられる。先述したように有機農業を導入するなどして適正に農地を管理することで、農地土壌が貯留する炭素量は増える。この増加分を炭素クレジットとして取り引きできれば、有機農家の新たな財源を生み出せる可能性があるのだ。

 今のところ京都議定書のCDM(クリーン開発メカニズム)では農地土壌による炭素蓄積プロジェクトは対象とされていないが、前出の報告書「地球温暖化防止に貢献する農地土壌の役割について」によると、カナダとアメリカの新興市場は農地土壌が蓄積した炭素のカーボンオフセット取り引きを支持しており、これから農業由来の温室効果ガスによるオフセットの対象範囲、取り引きの場は拡大するだろうと指摘している。

 課題が残るとすれば、農業由来の炭素クレジットを生み出す手法について、まだ各国の共通認識が得られていないことである。報告書によると、取り引きを支持しているカナダやアメリカなどは不耕地栽培や省耕地栽培を想定しており、日本が進めようとしている有機農業促進などを通じた農地への有機物投入は、国際的な議論の場では中心的な取り組みと認められているとはいいがたい状況であるという。

 今後、国際的枠組みに有機農業が取り込まれるためには、その炭素貯留機能に関するさらなるデータの蓄積が急がれるところである。有機農業の優位性が国際的に認められるようになれば、国内の有機農業はさらに活性化され、それによりCO2排出量はいっそう抑制されるだろう。また、化学肥料の使用量が減ることで、農地周辺の水質や土壌環境の改善や、生物多様性を育むことにもつながり、そのことが有機農業を元気づける活力となることが期待される。農地を核とした地域全体の好循環を生み出すこともまた、次世代農業とそれに携わる企業が果たすべき役割であるはずだ。

<取材協力>
セブン&アイ・ホールディングス広報センター、日本総合研究所創発戦略センター、農林水産省経営局経営政策課・構造改善課、ワタミPR・IRグループ


コラム

農業生産を核に広がる80兆円市場

農業と一口にいっても、田畑で実際に農作物を栽培する生産事業だけではない。集出荷や小売り、加工、店舗販売、宅配サービスまで、農業を支える産業分野は幅広い。次世代農業コンソーシアムの資料によると、農業生産の国内市場は約10兆円だが、食品産業全体の市場まで含めると、一気に80兆円に膨らむという。

 こうした事情と、農地法改正などの規制緩和を背景として、ここ数年は農業に関心を示す企業が増えている。しかし、1社だけで幅広い産業分野に目を配ることは難しく、参入を果たしたとしても事業を成功させることは容易ではない。異業種からの慣れない市場への参入となると、なおさらである。

 農業の巨大市場は企業にとって魅力であるが、工業製品を扱うようには、農作物は扱えない。「生モノ」を相手にする難しさがそこにはある。この課題を乗り越えるには、農業のプロである農家や農協の協力、異業種連携が欠かせないのではないだろうか。その点で、農家や農協をオブザーバーに加え、異業種連携を図ろうとしている次世代農業コンソーシアムの取り組みは、新たなビジネススキームとして参考になりそうである。



三井住友銀行における農業ビジネスの取り組み

三井住友銀行では、2004年から農業分野への取り組みを開始し、累計約300億円の融資を行ってきた。2008年度は、農林水産省所管の制度融資や保証機関の債務保証を活用し、融資手法の多様化を図っている。

 また、食品や外食業界等に多くのお客さまを有しており、こうしたネットワークを活用したビジネスマッチングを実施。次世代農業コンソーシアムのような異業種が連携する場やビジネス交流会などにおいて、川上と川下を相互に結びつける支援をしている。

 今後も「食」をキーワードに、次世代の農業づくりを応援していく。



この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.79(2009年9月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。

新しいウィンドウで開きます。 『SAFE』Vol.79(2009年9月号)



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