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ISO26000の発行と今後のCSR経営
2010年11月1日、「社会的責任に関する手引」である国際規格ISO26000が発行された。国際標準化機構(ISO)に設置された作業部会が、2005年3月から作成作業を開始して、さまざまな議論を重ねてきた成果だ。そこでの論点を振り返りながら、ISO26000のポイントはどこにあるのか、また今後の企業経営に与える影響としてどのようなことが想定されるのかを紹介する。

規格作成の機運から着手への経緯

 ISOで「社会的責任の国際標準化」の機運が明確になったのは、2001年に遡る。この年、消費者問題を取り扱うISO/COPOLCO(消費者政策委員会)で検討が開始され、2002年のISO/ COPOLCOトリニダード・トバゴ総会において検討報告書が ISO/TMB(技術管理評議会)に提出されたのである。

 留意したいこととして、この時期には、企業の社会的責任(CSR)の国際規格をつくる前提で議論が進められていたことがある。「経済のグローバル化が急速に進展していく中で、人々の暮らしにとって好影響も生じているが、環境問題、人権問題、雇用問題など、さまざまな悪影響も生じてきている。特に巨大な多国籍企業には、法令を遵守すること以上に、こうした問題の解決に率先して取り組んで欲しい」。こうした思いが、企業行動に大きな影響を与える国際標準化を担うISOの場で結実していったという経緯がある。

 ただ、ISOとして企業の社会的責任に関する国際規格づくりに着手すべきか否かに関しては、大きな議論が巻き起こった。企業側は、そうした規格が安直な企業批判に用いられることを警戒した。また、ISOで一般的な認証規格としてこの規格ができあがるなら、企業側には極めて大きな手間隙が発生するだろうことも懸念材料であった。さらに、さまざまなステークホルダーとの関係をどう築くかは、企業経営の中核に位置する問題であり、この在り方を一意的に規定するのは、経営意思決定自体を否定するものだという嫌悪感も見られた。

 賛否を巡る議論の中で大きく3つの合意が成立していった。これは推進派と反対派が譲歩を重ねた結果でもあった。

 第一の合意は、消費者、労働組合、政府などがそれぞれの立場から社会に対する責任を持っているという認識から、この規格をCSRの規格ではなく、すべての組織に適用できる「組織の社会的責任」の規格として作成するというものであった。したがって、できあがった規格はSR(Social Responsibility)の規格と呼ばれている。

 第二の合意は、この規格は認証に用いることができるISO9001:2008(品質マネジメント)およびISO14001:2004(環境マネジメント)などとは異なり、認証目的で用いられることを意図していない規格として作成するというものであった。規格に適合しているかどうか認証機関に審査を依頼し、規格に合致していれば審査登録されるというのが、ISO9001やISO14001だが、ISO26000はそうした利用を想定してない(むしろ、そうした利用を戒めているとすらいえる)点に特徴がある。作成作業に当たって、その性格は「ガイダンス文書」とされることになった。いわば、「手引」ということである。このため、組織が取るべき行動を記述する際にも、助動詞shall(?しなければならない)ではなく、should(?すべきである)が用いられることになった。

 第三の合意は、作成作業にISOメンバー国は、産業界、消費者、NGO、労働者、政府、その他のカテゴリーからエキスパートを選出し参加させるというものであった。これは、マルチ・ステークホルダー・アプローチと呼ばれる方法論で、組織の何らかの決定または活動に利害関係をもつ個人・グループとして、上記の6つのカテゴリーを想定して、各々のステークホルダーの代表者が意思疎通、合意形成、意思決定を行っていくプロセスである。

 これら合意はその後の議論の前提条件となり、また発行した規格の重要な性格ともなっている。とりわけ、第三のマルチ・ステークホルダー・アプローチという方法論は、議論に多くの時間とエネルギーを費やす必要を生じさせた。規格作成のスケジュールは、たびたび改定され発行の予定は遅れた。2005年3月にブラジルのサルバドールで開催された第1回作業部会総会を皮切りに世界からエキスパートが集まる作業部会総会の開催は8回を数えた。ほぼ5年8カ月を費やしてISO26000は発行に至ったのである。

規格の構成と「社会的責任」の定義

 ISO26000の構成は、全部で7章立てである。この規格が、何に関しての「手引」を提供するかを示した「1章 適用範囲」、規格において重要と考えられる27の用語の定義を行った「2章 用語及び定義」、なぜ「社会的責任」という概念が重要になってきたのかを解題した「3章 社会的責任の理解」、組織が社会的責任をまっとうしようと行動を行う際の要件をリストにした「4章 社会的責任の原則」、組織がどのように自らのステークホルダーと社会的責任を認識し、ステークホルダーとのエンゲージメントを実践したらよいかを解説した「5章 社会的責任の認識及びステークホルダーエンゲージメント」、組織が取り組むべき課題を記した「6章 社会的責任の中核主題に関する手引」、社会的責任を組織内で実践するための手引を示した「7章 組織全体に社会的責任を統合するための手引」がその内容となっている。

 ここでは、3章にある「社会的責任」という用語の定義に注目してみたい。それは、「組織の決定及び活動が社会及び環境に及ぼす影響に対して、次のような透明かつ倫理的な行動を通じて組織が担う責任」となっており、「健康及び社会の繁栄を含む持続可能な発展への貢献」「ステークホルダーの期待への配慮」「関連法令の順守及び国際行動規範との整合」「組織全体に取り入れられ、組織の関係の中で実践される行動」という構成要素が後に続いている。さらに「参考1 活動は製品、サービス及びプロセスを含む。」「参考2 関係とは組織の影響力の範囲内の活動を指す。」という文章が続いている。

 この定義では、「社会及び環境に及ぼす影響」に注目していただきたい。組織が決定および活動を行うと、何らかの影響が生じるという認識が、この規格の出発点となっている。この影響には、好影響もあれば、悪影響もある。規格には、明記されていないが、「影響に対して担う責任」と記載されていることからも想像されるように、「悪影響」を緩和、回避することが重要な責任と位置づけられているのである。

 次に、「ステークホルダーの期待への配慮」と書かれている部分も重要である。すなわち、「影響に対して担う責任の取り方」は、決して自分勝手なものであってはならず、ステークホルダーが抱く期待(この中には、賞賛のほかにも批判や要望も含まれよう)を感知し、それに対する応答としてなされるべきことが述べられている。

 三番目には、「国際行動規範との整合」と書かれている点に注目する必要がある。「影響に対して担う責任」として、「法令を順守する」という行動はなかば当然のものであろうが、世界には必ずしも法令が十分に整備されていなかったり、その執行能力が十分でない国や地域がある。そうしたところでは、国際慣習法、一般に受け入れられている国際法の原則、普遍的もしくはほぼ普遍的に認められている政府間合意などに整合的であることが、責任の条件になるというのである。これは、発展途上国や民主化が制限された国などでは、重要な要素となる。

 四番目は、「組織全体」が含意している部分がポイントになるだろう。規格では、別の箇所で、組織は慈善活動を、社会的責任のその組織への統合に代わるものとして利用すべきでないことを述べている。すなわち、組織のもっぱら行う活動とは別に責任を担う行動を行うことを一種排除している。

 さらに五番目には、「組織の関係の中で実践」という部分の含意もポイントになる。これは、組織単体だけで担う責任だけを考えるのでなく、サプライチェーンやバリューチェーンとの関係において担う責任も考慮されるべきことを述べているのである。

 上記は、これまで我が国においてなされてきた「企業の社会的責任」を巡る理解とやや性格を異にすることに注意が必要かもしれない。

 ときに、我が国では、「社会に価値有る製品・サービスを提供していること自体がCSRを果たしている証しである」「CSRは社外からあれこれ言われて取り組むものではない」「CSRはコンプライアンスが本質である」「社会貢献活動には熱心に取り組んでおり、CSRといっても新しいことはない」「CSRといっても、原料調達先や下請先は別組織であり、あれこれ口は差し挟めない」といった言説が聞かれることが多かったからである。ISO26000の定義を知らずにいると、特に海外では誤解を発生しかねない。

「7つの中核主題」と「統合」を巡って

 ISO26000では、「中核主題は全て、あらゆる組織と関連性をもつ」と位置づけている。その意味では、6章は規格のハイライトであるといえる。中核主題は7つあり、1組織統治、2人権、3労働慣行、4環境、5公正な事業慣行、6消費者課題、7コミュニティへの参画及びコミュニティの発展となっている。中核主題内には複数の課題があり、組織が関連性、重要性の観点から取り組むにふさわしい課題を、独自の検討とステークホルダーとの対話を通じ特定することが望ましいと規格は説いているのである。

 細部に目を凝らしてみると、日本企業にとって「こんなことまで盛り込まれたの?」という箇所も少なくない。たとえば、「環境」では、「組織がある対策の費用効果を考える場合には、その組織にとっての短期的な経済費用だけでなく、その対策の長期的な費用便益を考えるべきである」とする「予防的アプローチ」もその1つであろうし、汚染の形態として、電磁波、放射線、感染因子なども挙がっている。さらに、回避すべき化学物質として、たばこ製品からの煙、生殖に対して有害な化学物質、内分泌かく乱性化学物質などが例示されている。また、拡大生産者責任の適用を検討することや生物多様性保全について、環境負荷の費用を負担する市場メカニズムに参加することも推奨されている。

 「人権」の項で出てくる「デューディリジェンス」という言葉も日本企業にとって目新しいものかもしれない。この言葉は語源に当たると、英語のDue(当然の、正当な)とDiligence(勤勉、精励、努力)を組み合わせた言葉で、直訳すると、「当然の努力」という意味。転じて、投資やM&Aなどの取引に際して行われる、対象企業や不動産・金融商品などの資産の調査活動を指す言葉となった。それが、最近では、「あるプロジェクト又は組織の活動の全体で、意思決定及び活動によって引き起こされる現実もしくは潜在的な負の影響を回避し、軽減することを目的として、これらの悪影響を特定する包括的で積極的なプロセス」を指すようになってきている。ISO26000では、こうした意義を積極的に取り入れ、組織が新たな活動を開始する際には、人権側面でのデューディリジェンスを行うべきことを説いている。

 また、「人権」を巡っては、「加担」という概念も明記された。組織が意図的に人権侵害を支援する「直接的な加担」に加えて、たとえば途上国の工場で発生したストライキなどを警察権力が非人道的に鎮圧する行為を黙認する「受益的加担」、その国にある継続的な人権侵害の問題を当該当局に提起しない「暗黙の加担」が、違法行為や不作為を支援し、唆すことになるとする一節には違和感もあるだろう。

 実のところ、国内の法またはその施行が国際行動規範と対立する国々においては、衝突を解決するために、関連当局に影響を及ぼすための合法的な機会や経路を見つけ出すべきとの考え方が、4章の原則に示されており、こうした先鋭的な内容が盛り込まれた背景にもなっている。

 さらに、7章では、組織全体に社会的責任を統合する手順が説かれている。この規格がマネジメント規格として意図されていないため、この手順の構成は必ずしも、PDCAサイクルを形作るようには記述されていない。

 それでも、自らの主要な特性が社会的責任とどのように関係するかを判断した後、組織の決定及び活動がどのような影響を及ぼすかというデューディリジェンスを行い、重要性と関連性の判断を通じて、影響力の範囲も加味して優先順位を定める。また、組織内の研修、体制整備を進め、コミュニケーションを推進する。その際、信頼性の向上に努め、改善点を見出して、さらに優れた取り組みとしていく。こうした手順を規格は推奨している。この点は、実践を考える上で参考になろう。

日本企業への影響とは

 「ISO26000が発行すると何が変わるのか」という質問を、よく耳にする。今回の規格発行は「社会的責任」という概念の解釈を巡る1つの世界的な基礎ができたということを意味する。すでに述べたように、この規格には強制力はない。したがって、「○○することが望ましい」という規格の内容に沿ったアクションを起こさなかったとしても何ら、問題はないということである。その意味では、何も変わることはない。

 しかし、規格に盛り込まれた概念やその解釈を、世界の共通語としてひとまず認識、理解することは無駄ではないであろう。さらに、それに沿ったアクションを何らかの理由で取らないのだとしたら、その理由を尋ねられる局面が今後は増えることになるだろう。

 とりわけグローバル企業では、この規格に目を通しておくことは有効だろう。この規格に盛られている概念や解釈で、自社のCSRの取り組みの過不足を確認しておくことは、海外に関連した事業活動に関してリスクを回避し、良好なレピュテーション(評価)を獲得することに寄与するだろう。

 ステークホルダーの存在が「社会的責任」を考える上で不可欠の要素であることが明記された意味も大きい。日本企業では「CSRは社外からあれこれ言われて取り組むものではない」という意識も強かった。ステークホルダーの発言力が必ずしも大きくないという事情もあった。たとえば、自社の環境という主題に照らして、「汚染の予防」「持続可能な資源の使用」「気候変動の緩和及び気候変動への適応」「環境保護、生物多様性、及び自然生息地の回復」という課題を考える際、そのステークホルダーが明快に出てくるという日本企業は、非常に少ないのではないだろうか。

 しかし、取り組むにふさわしい課題はステークホルダーとの対話を通じて特定されることが望ましいのである。ステークホルダーの期待を感知する能力、ステークホルダーに応答する能力が、改めて問われることを、ISO26000は教えているのである。

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.87(2011年1月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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