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特集 自然に学べ 〜バイオミメティクスからネイチャー・テクノロジーへ〜
何十億年にもわたる歴史の中で、地球環境に自らを適応させ進化させてきた生物たち。自然の中では、太陽から降り注ぐエネルギーを賢く使って完璧な循環型社会が形成されている。この優れた自然のメカニズムやシステムが今、あらためて注目を集めている。自然に学ぶ新しいモノづくりの在り方を考察する。

ひっつき虫から生まれたマジックテープ

 愛犬を連れて狩りに出かけた、スイス人のジョルジュ・ド・メストラル。野原を歩き回っていた彼は、愛犬の毛や自分の服に“ひっつき虫”がくっついているのに気がついた。“ひっつき虫”はゴボウやオナモミなど、服などにくっつく植物の実や種の総称である。原っぱや野山を歩けばよく見かけるものだが、発明家であったメストラルは「どうしてくっつくんだろう」と興味を持った。そこで、植物の実を持ち帰り顕微鏡で観察。フック状をした“ひっつき虫”の先端が繊維にひっかかり張り付くことを知り、「この植物が付着する原理を応用すれば取り外し可能なシートができるかもしれない」と思いついた。このひらめきから生まれたのが、衣類の着脱を容易にする「面ファスナー」である。ワンタッチで取り外しができる便利さから世界中に瞬く間に広がり、日本では「マジックテープ(クラレの登録商標)」の名で広く知られるようになった。

バイオミメティクスの新潮流

 植物の実を模倣した面ファスナーをはじめ、タコの吸盤や犬の肉球にヒントを得た滑らない靴、蚊のように刺されても痛くない注射針など、自然界のメカニズムやシステムから我々の生活に役立つさまざまな技術が生み出されている。自然からインスピレーションを得る発明家は古くより存在したが、1950年代後半に神経生理学者であるオットー・シュミット博士によって「Biomimetics:バイオミメティクス(生物模倣)」という言葉がつくられ、生物を真似る科学が提唱されるようになった。

 近年、バイオミメティクス研究が積極的に進められるようになった背景には、ナノテクノロジーの進展がある。電子顕微鏡の開発は、生物の営みをナノレベルで観察・分析することを可能にした。これによって従来は謎とされていた生物の構造や機能が解明され、新しい材料やデバイスへの応用が図られるようになったというわけだ。

 さらに、地球環境問題への認識の高まりが、バイオミメティクス研究を後押しした。18世紀後半の産業革命以降、人類は石油や石炭などの地下資源に依存するテクノロジーを発展させ、これが温暖化や生態系の破壊、大気汚染といった地球環境問題につながっている。

 こうした状況を改善し、持続可能な循環型社会を構築することが国際的課題となる中、小さなエネルギーで完璧な循環系を達成している自然のメカニズムやシステムが注目されるようになったのである。地上に降り注ぐ太陽の光と熱、空気や水をうまく使って循環する自然に学ぶことで、地球環境の劣化を防ぎ保全する新しいテクノロジーの創出が期待されている。

 46億年の地球の歴史、38億年にわたる生命の歴史がつくりあげた自然の中には驚くほどたくさんのテクノロジーの種が隠されている。これより先は、自然に学び開発された最先端技術を紹介しながら、バイオミメティクス研究の新潮流を見ていきたい。

ヤモリの足裏に学んだ吸着材料

ヤモリ

 最初に紹介するのは、ヤモリの足裏に学んだ吸着材料だ。これは、ナノテクノロジーを活用した新世代バイオミメティクス材料の成功例といえるだろう。垂直な壁を自由に登り降りし、天井に指一本でぶら下がることができるヤモリの秘密がわかったのは10年ほど前のことだ。電子顕微鏡で見たヤモリの足裏には、長さ30〜130マイクロメートルの細い毛が生えている。その数は1本の足に約50万本。さらに、それぞれの毛は途中で枝分かれし、その先端は0.2〜0.5マイクロメートルのスパチュラ(へら)状の構造をしている。アメリカ人の生物学者、ケラー・オータム博士の研究チームは、ヤモリの足裏が有する独特の繊維構造と、壁に働くファンデルワールス力から驚異的な接着力が生み出されていることを解明した。

 2000年に研究チームが論文を発表すると、ヤモリのメカニズムを応用して粘着剤を使わない吸着材料の研究が世界中で進められるようになった。国内では、日東電工株式会社と大阪大学が、カーボンナノチューブ(CNT)を用いてヤモリの足裏の構造を再現した「ヤモリテープ」を開発。強力な接着力と、必要なときに簡単にはがせる性質を併せ持つ上、接着面を汚さない、どんな被着体にも接着できるなどの特徴を持つ。現在、ヤモリテープは日東電工グループが提供する分析サービスにおいて、試料を固定するための材料として実用化されている。導電性テープや金属ペーストなどの従来の固定部材は、マイナス30℃以下または200℃以上で接着不良を起こしやすかったが、ヤモリテープはマイナス150〜500℃という幅広い温度領域で良好な接着特性を発揮する。また、分析時の試料の位置ずれや溶剤による汚染なども解消されており、より正確な分析を可能とした。同社では、今後、別分野での実用化を目指し、研究を続けていく方針だ。

マグロの皮膚を再現した船底塗料

マグロ

 地球環境問題という分野でも続々と新たな技術が生まれている。日本ペイントマリン株式会社によって開発されたのが、省燃費型船底防汚塗料「LF-Sea」だ。

 今から10年ほど前、船舶の燃費向上を目指し研究を始めた同社は、水中を高速で泳ぐ生物に着目した。イルカやペンギン、マグロなど海洋生物の皮膚構造を再現することができれば、水中の摩擦抵抗を低減できるかもしれない。さまざまな検討を重ねた結果に辿り着いたのが、時速100キロメートル以上で泳ぐマグロだった。マグロの表面は、やわらかい粘膜で覆われている。作用機序は解明されていないが、この粘膜が水の摩擦抵抗を減らし、高速遊泳を可能にしていると考えられている。同社は、独特のぬめりを持つ天然由来素材、ヒドロゲルを塗料と組み合わせることで、マグロの粘膜と同じような効果を船底表面で再現することに成功。従来の船底防汚塗料に水の摩擦抵抗低減という新機能を付与した「LF-Sea」を開発した。

 開発者の山盛直樹氏は、そのメカニズムを次のように説明する。「LF-Seaに含まれるヒドロゲルは、水との親和性が高い物質です。LF-Seaを船底に塗装すると、このヒドロゲルの作用によって塗膜表面に水が捕捉され、層が形成されます。塗膜表面には微細な凹凸がありますが、捕捉した水が凹部を埋めることで表面をスムーズにし、摩擦抵抗を少なくします。塗膜が存在する間、この作用が連続的に起こり、摩擦低減効果を発揮し続けます。弊社と神戸大学が行った性能試験では、LF-Seaを塗装した船舶は、摩擦低減効果により従来の船底防汚塗料と比較して燃料消費量を4%以上削減できることが実証されました」。

 LF-Seaの利点は、新造船、既存船にかかわらず、燃費向上とCO2削減を容易に実現できるところだ。国際海運において船舶のCO2削減は喫緊の課題であり、新造船にはさまざまな省エネ技術が取り込まれている。一方、すでに運航している船舶に新たな設備や技術を導入するのは容易ではなく、既存船にも対応できる省エネ技術が求められていた。船底防汚塗料は長くても数年に一度は塗り替えなくてはならないため、メンテナンス時にLF-Seaを採用することで、既存船でも容易にCO2削減効果を得られる。2007年から本格的に市場投入されたLF-Seaは市場での評価も高く、すでに600隻以上に採用されている。現在、日本ペイントマリンでは、さらなる燃費向上を目指し、株式会社商船三井と共同で研究開発に取り組んでいる。次の目標は、従来型と比較して約10%の燃料消費量削減だ。海洋生物からヒントを得た新発想の技術を生かし、国際海運におけるCO2排出削減を目指す。

社会に役立つヘビ型ロボット

ヘビ

 自然に学ぶ技術の活躍の場は、産業分野だけではなく、日常生活や社会のあらゆる場面にある。東京工業大学の広瀬茂男教授が開発したヘビ型ロボットは、幅広い領域で活躍が期待される新しいテクノロジーの1つだ。

 ヘビの動きに学んだ実用ロボットの研究は40年以上前にさかのぼる。研究を開始した当時、ヘビの推進メカニズムはまだ解明されていなかった。「ヘビの推進運動を力学的に解析することで、今までなかったロボットの開発に役立てられるのではないか」と考えた広瀬教授は、本物のシマヘビを使った走行試験に取りかかった。さまざまな条件下で滑走の様子を分析した結果、(1)ほふく運動時にヘビが取る波形は、曲線に沿って曲率が正弦波状に変動する曲線(サーペノイド曲線)を描くこと、(2)体幹の一部を浮き上がらせる動作(サイナス・リフティング)によって、体重を集中させ横滑りを防いでいること、などを明らかにした。そして、この原理を応用して、第1弾のヘビ型ロボット「ACM-」を開発した。1972年に開発された「ACM-」は、世界で初めて蛇行推進に成功したロボットである。これ以降、東京工業大学では、広瀬教授をはじめ複数の研究者によって、ヘビ型ロボットの開発・改良が進められ、横移動だけでなく先端部分を持ち上げ立体的に動くことが可能な「ACM-R3」や水陸両用の「ACM-R5」、さらに人に代わって作業できるようアームや遠隔操作用カメラを取り付けたものなど、多機能なロボットを開発してきた。

 広瀬教授は、こうしたヘビ型ロボット開発の目的を「人の役に立つものをつくること」だと説明する。「自然界にすむヘビは天敵から身を守るため、岩の隙間に隠れています。この環境に適応するため、狭い場所で邪魔になる足が退化し、細長い形状になりました。このヘビと同じ形状を持つロボットは、地震などの災害時、危険ながれきの中や人が身動きを取れない場所で行う探索作業に適しています。また、下水道の配管や原子炉の点検などでも活用できるほか、小型化すれば内視鏡のように体内で外科手術を支援する医療用ロボットへの応用も考えられます。現在、海外ではヘビ型ロボットが配管点検用としてすでに使用されていますが、国内外の企業と連携しながらさまざまな分野で早期実用化に取り組んでいきたいと思います」。

生物多様性から生み出される新たな科学的発見

粘菌

 現在、地球上には、哺乳類などの高等動物から植物、菌類、原生動物に至るまで、約173万種類の生物が存在しているといわれている。まだ確認されていない種も含めると、その数は10倍または100倍にも及ぶという。これら生物たちをそれぞれ注視してみれば、あらゆる生物の中に学ぶべきメカニズムを見いだすことができる。たとえば、脳も神経系も持たない単細胞生物の粘菌は、迷路を解くように最短経路で移動できることを、公立はこだて未来大学の中垣俊之教授の研究チームが明らかにしている。最短経路の探索は、電線の敷設経路や営業車の訪問ルートなど、日常生活に深く関わることから長年研究が活発に行われてきた分野であり、粘菌にはこの難題を解決に導く可能性があると期待されている。

 このように、自然界には人間が思いもつかないような技術やアイデアがまだまだ山のように眠っている。無限の可能性を秘めたバイオミメティクスは、環境問題など人類が抱える難題を解決に導く研究分野として期待が高まっている。

バイオミメティクスからネイチャー・テクノロジーへ

 一方で、豊かな未来をデザインするためにバイオミメティクスをより発展的に体系化しているのが、東北大学の石田秀輝教授が提唱する「ネイチャー・テクノロジー」だ。バイオミメティクスとの違いは、生物を模倣してテクノロジーを生み出すことではなく、地球への負荷低減を目指し、新しいモノづくりや暮らし方を提案することに主眼が置かれていることだ。

 ネイチャー・テクノロジーの必要性について石田教授は次のように説明する。「自然を模倣してモノをつくるだけでは、環境への負荷を下げることはできません。自動車や家電をはじめ、今あらゆるものが省エネ型、環境配慮型へと生まれ変わり、エコ商材として市場に投入されています。しかし、エコ商材であることが免罪符になり、購買や消費を促した結果、逆に資源やエネルギーの消費につながっている場合もあります。これを避けるには、まず"サステナブル"というフィルターをかけ、自然の中から必要なメカニズムやシステムを抽出し、デザインし直すことが必要です」。

 "サステナブル"という視点から捉えるには、数十年先の地球環境を予測し、バックキャスティングでライフスタイルを描かないといけない。「現状のままでは、少なくとも2030年ごろには気候変動、資源、生物多様性などを含む地球環境問題のリスクが限界に達してしまいます。これらをリスクにしてしまったのは人間活動の肥大化です。すなわち、地球環境問題とは人間活動の肥大化をいかに縮小できるかということになります。そのためにはライフスタイルを変えることが必要ですが、人間は一度得た快適性や利便性を容易に放棄できません。そこで、心豊かに暮らせる生活シーンをまず描き、必要となるテクノロジーを投入することが大切です」(石田教授)。

 図4は、厳しい環境制約の中で化石燃料や水などを極力使わないネイチャー・テクノロジーを活用して、豊かに暮らす方法を描いたイメージ図である。この世界では、トンボの羽を真似た小型風力発電や、微生物を使って家の中で小さな循環をつくる家庭農場といった、地球に負荷をかけない新しいテクノロジーがふんだんに取り入れられている。このほか、アワフキムシのつくる泡にヒントを得た水のいらないお風呂、シロアリの巣のメカニズムを取り入れた無電源のエアコン、カタツムリの殻の構造を活用した汚れの付きにくい表面構造など、少ない資源、エネルギーで豊かに暮らすための技術を活用し、サステナブルなライフスタイルを実現していくのだという。

 ネイチャー・テクノロジーは、自然と決別するのではなく、自然のメカニズムやシステムに学び使いこなす、新しいライフスタイルのデザイン手法ということができる。持続可能な社会に向けて、自然観を持ったテクノロジーへのパラダイムシフトを興し、新しいライフスタイルを創出することが今、求められている。


コラム

生物多様性と生態系サービスをファイナンスに組み入れるために

 食料や水の提供、気候などの制御・調節をはじめ、さまざまな役割を果たす生態系。バイオミメティクスやネイチャー・テクノロジーも、生態系の多大な価値から生み出される自然の「恵み」として位置づけられる。近年、こうした生態系から受ける恩恵について認識が高まり、2008年5月には生物多様性条約第9回締約国会議で「ビジネスと生物多様性イニシアティブ」が設立されるなど、産業部門でも取り組みが強化されている。生物多様性が金銭価値に結び付けられて論じられるようになる中、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)は、2010年に開催された生物多様性条約第10回締約国会議において「マティリアリティ(重要性)の解明 生物多様性と生態系サービスをファイナンスに組み入れるために」※と題する報告書を発表した。

 同報告書では、金融セクターにおける生物多様性・生態系サービス(BES)の重要性を洞察するとともに、金融機関がBESを融資、投資、保険戦略や商品にどのように取り込んでいるかについて事例を紹介。さらに、金融商品・サービスにBESを組み込んでいくため、(1)BESを組み込む方法を詳しく述べた原則の制定、(2)行動基準による顧客のBES対応の評価・査定、(3)国別のBESリスク評価基準の設定、(4)BESリスクに対処できる人材の育成および関連セクターとの協働、(5)金融商品・サービスなどへのBES評価・管理の導入、を提言している。

 この提言が実現され、金融機関においてBESが業務に取り入れられるようになれば、持続可能な方法で事業活動を行おうとする企業の強い後押しになると考えられている。生態系を賢く活用しながら保全に努め、持続可能な社会を実現させることは、我々の世代が次世代のために取り組まなければならない大きな課題といえるだろう。


※URL: http://www.unepfi.org/fileadmin/documents/CEO_DemystifyingMateriality_jp.pdf

取材協力:東京工業大学、東北大学、日東電工株式会社、日本ペイントマリン株式会社
参考文献:『自然にまなぶ! ネイチャー・テクノロジー』(学研パブリッシング、2011年)

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.95(2012年5月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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