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特集 森林との新たな共生を目指して
近年、林業の衰退や人工林の荒廃が進む一方、森林資源に新たな価値を見いだそうとする動きが始まっている。日本の国土面積の約3分の2を覆う森林は、地域の産業や人々の暮らしを豊かにする力を持っている。森林との新たな共生を目指す取り組みを追う。

小さな村のグリーンニューディール

 岡山県西粟倉村にある古い木造校舎。かつて小学生たちが学んだ校舎で、今、村外から集まった若い社員たちが働いている。2009年10月、「株式会社西粟倉・森の学校」(以下、森の学校)は設立された。同社は、西粟倉村の木を使った住宅「西粟倉の木の家」をはじめ、木材遊具や玩具、家具、内装材、森と木と暮らしに関する体験プログラムなど、森林資源を活用した商品・サービスを手掛けている。国内の山村が、林業の衰退とともに過疎化・高齢化の一途を辿る中、森林資源の付加価値を創造する新たなビジネスモデルを構築。その売り上げは設立からわずか2年で1億円に達し、地域を代表する企業へと成長した。

 森林を活用した新ビジネス誕生のきっかけは、2004年にさかのぼる。この年、西粟倉村は近隣7町村でつくっていた合併協議会からの離脱を選択。「平成の大合併」によって市町村統合が全国各地で進んでいた当時、それは大きな決断だった。合併をせず単独で村を運営していくには、過疎化・高齢化を食い止め、産業の振興を図らなければならない。人口約1,600人の小さな村で、生き残りをかけた挑戦が始まった。

 西粟倉村の主要産業であった林業は、木材価格の下落や後継者不足などにより、かつての勢いを失っていた。しかし、地域経済の活性化を考える上で、村面積の95%を占める森林は見過ごせない資源である。その活用を後押しするため、村有林でのFSC森林認証の取得や、地域振興に必要な人材の発掘・育成を担う雇用対策協議会の設立などを進めていった。そして、2009年、西粟倉村の将来を方向づける「百年の森林構想」を策定。「百年」とは、過去50年に育った人工林に今後の50年を加えたもの。かつて子や孫のために植えられた木々を適切に管理し、豊かな森林を村の資産として、次世代に引き継ぎたいという思いが込められている。「百年の森林構想」は、森林への集中投資を起点に、自然資本の増強と雇用の創出を目指すものであり、それは「小さな村のグリーンニューディール」と呼ばれている。

新たな森林の価値を創出

 構想を実現する「百年の森林事業」は、大きく2つに分けられる。まず「百年の森林創造事業」は、新たな作業道や林業機械の導入、間伐などを通じて、森の保全管理を行う。従来の放置林対策と違うのは、村が個人所有の森を10年間預かって、一括管理する取り組みだ。個人では難しい森林管理を集約して効率化につなげる。もう1つの「森の学校事業」は、適切な管理によって取り戻された豊かな森林を活用し、価値あるものに変えていこうとする取り組みである。同事業を後押しするため設立されたのが、森の学校だ。村、村民、百年の森林創造事業に携わる株式会社トビムシが共同出資する同社は、村の営業部隊としての役割を持ち、民間の力を取り入れマーケティング力の強化、需要の創出・拡大を目指す。

 森の学校の代表取締役、牧大介氏は次のように説明する。「弊社は、間伐により創出される木材だけでなく、加工製品を販売することで、たくさんのお客さまと西粟倉村の森をつなぐ会社です。間伐材を使えば使うほど、森の整備が進み、豊かな森を再生することができます。しかし、縮小傾向にある木材市場において、国産材の活用を進めることは容易でありません。木を使って既存市場に参入することは、他企業の商品シェアを奪うことになり、価格競争の激化につながってしまうからです。木を伐り出し商品化しても、正当な価格で評価してもらえなければ、林業の状況を悪化させてしまいます。日本の森林に眠る資源を有効活用するには、木材の供給とともに需要を増やし、新しい市場を開拓することが必要です」。

 間伐材は、木が曲がってしまうためサイズの大きい商品をつくれないという制約がある。こうした課題に対し、森の学校は、木目の風合いを生かした名刺入れや、置くだけで簡単に床を張り替えられる無垢材タイルなど、ユニークな商品を次々に生み出してきた。特に、スギやヒノキからつくられる無垢材タイル「ユカハリ」は、西粟倉村の森と消費者をつなごうとする同社の思いを具現化した商品である。開発のきっかけとなったのは、「西粟倉村の無垢床材を使いたいけど、使えない」という消費者の声だった。無垢材を扱える施工業者が少ないためエンドユーザーに辿り着かないという流通の問題があったのだ。これに対し、「ユカハリ」は、エンドユーザーが日曜大工感覚で床を張り替えられるので、施工業者に頼る必要がない。賃貸物件でも簡単に無垢床へリフォームできることが評判となり、2011年4月の販売開始以降、約2万枚以上の売り上げを記録した。

 さらに、同社は、木材を加工する「ニシアワー製造所」を設立。ここでは製材・乾燥・加工・穴埋め・カット・表面の仕上げ・梱包などの工程を一貫して行うことができる。「ニシアワー製造所」の開設以前は、村内に中間加工を行う設備がないため、地域で生産される資材を効率的に利用できなかった。「ニシアワー製造所」ができたことにより、山主から素材生産者、原木市場、製材所、木材製品市場、木材商社、木工所、製品販売商社、小売店、消費者まで続く長い流通経路を短縮し、直接消費者へ商品を届けることが可能になった。現在、「ニシアワー製造所」では、住宅用構造材から家具、雑貨、割り箸に至るまで、多種多様な商品を手がけ、間伐材を余すところなく有効活用。歩留まりを上げることで、1本1本の原木の価値を高めている。

地域のファンをつくるために

 製造所の名前である「ニシアワー」は、森の学校の商品を総称するブランド名でもある。「ニシアワー」と冠した商品は、西粟倉村の間伐材からつくられた木工品のほか、源流の水で育った「メダカ米」などの米や地元で採れた農産品、さらには村内で開催されるイベントなど、多岐にわたる。中でも、伐採から机の組み立てまでの工程を親子で体験するツアーや田舎体験を通じた合コンツアーなどのイベントは、村外から多くの人を呼び込み、西粟倉村のファンを増やすことに貢献している。

 こうした商品は、森の学校の若手スタッフのアイデアから生まれたものだ。同社スタッフの多くは、西粟倉村の挑戦に賛同し、県外から転入してきた若者たちである。林業未経験のスタッフが生み出す斬新なアイデアは、森の学校の原動力となっている。「地域が持続的に活動していくには、森林から価値を生み出す起業家の存在が欠かせません。“森の学校”という社名には、事業を通じて村内外から優れた人材を集め、地域資源から価値を創出する起業家の養成を目指すという思いが込められています」(牧氏)。

 2007年から2009年にかけて、高齢化・過疎化が進んでいた西粟倉村へ約40名が移住。森林関連の新規雇用は、約60名に達する。森林によって地域に雇用を生み出す「百年の森林構想」が実現しつつある。「村全体の新規雇用を100名まで伸ばすことも夢ではない」と牧氏は言う。「今後、工場の経費や人件費などの固定費を回収し、さらに売り上げを伸ばしていきたいと考えています。創業10年を迎える2019年度の売り上げ目標は、10億円です。パートナーとなる新たな木工房が村内に生まれれば、森林関連の雇用はさらに増えるでしょう。全国には過疎化・高齢化の問題を抱える山村が多数存在します。西粟倉村のチャレンジが、全国の山村や林業の可能性を広げる先例になればうれしいですね」。

「百年の森林構想」概要図

森林を軸とした地域経済の活性化

 戦後に植林された森林の大半は、今、樹齢30〜50年を迎えている。国内の森林資源が成熟した結果、国産材の供給量は増加傾向にあり、自給率も2009年は3割近くまで回復した。一方、国産材の販売価格は、2012年5月時点でスギ柱は1万100円/立方メートル(前年同月比11.4%減)、ヒノキ柱が1万2,600円/立方メートル(同30.0%減)と大幅に下落している。政府は2009年12月に「木材自給率を2020年までに50%とする」との目標を掲げた「森林・林業再生プラン」を発表。路網の整備、森林施業の集約化および必要な人材育成を軸として、木材の安定供給を促進させる施策を進めている。しかし、供給量が増えても需要がなければ、供給過多によりさらなる値崩れを起こす恐れがある。これからは従来型の林業ではない、新しい森林ビジネスを開発していく必要がある。

 住宅用構造材の販売だけでなく、今までにない木工品やイベントなど付加価値の高い製品やサービスを開発した西粟倉村の取り組みは、森林資源の需要喚起を実現した成功例といえるだろう。国内では、同村のほかにも、森の葉っぱを商材とする“つまもの”で年商2億円以上を稼ぎ出す徳島県上勝町の「いろどり」、高知県の森林率が84%であることをテーマに地域ブランドの確立を図る「84はちよんプロジェクト」、奥秩父に自生するカエデの樹液を活用して新たな特産品を開発する「秩父樹液生産協同組合」など、地域の森林資源に新たな価値を与えるビジネスが誕生している。林業という枠にとらわれない新たな森林ビジネスの開発が、地域経済活性化の鍵を握っている。

五感を刺激して心身を健康に

 森林の価値を最大限に生かす方法は経済性の追求だけではない。森林には、生命を育み、環境を浄化し、癒やしを与えるなど、経済指標では表すことのできない価値が眠っている。近年、このような森林の力を活用し、生活に豊かさを与える新たな取り組みが注目されるようになってきた。

 医療・福祉の分野では、“森林が心と身体を癒やす”効果について研究が進められている。1980年代、樹木から発散されるフィトンチッドという芳香性物質が健康によいと判明し、林野庁は「森林浴」をキャッチフレーズに健康・保養のため森林を活用することを提唱。その後、森林の効果・効能が科学的に解明され、「森林療法」という概念が登場した。森林療法では、森林の地形を生かした歩行リハビリテーションやレクリエーション、樹木や林産物を利用する作業療法、心理面では散策カウンセリングやグループアプローチなどが行われている。ある実証研究によれば、高血圧症、糖尿病、肝機能障害、高度肥満、消化性潰瘍、自律神経失調症、心身症などの軽度異常があった男性30名(平均45.2歳)を対象に、森林歩行や温泉浴を含む5泊6日の保養プログラムを行った結果、体重の減少、収縮期血圧の低下、脂質異常の改善が認められた。また、糖尿病患者(男性29名、女性58名、平均61歳)においては、3〜6キロメートルの森林歩行後に血糖値の有意な低下が認められたという(『森林医学』朝倉書店 2006年)。

 「森林には、日常のストレスにさらされて鈍くなった五感を目覚めさせる効果があります」と、群馬県・草津などを中心に「森の案内人」として活躍する高山正明氏は話す。森林療法に精通する高山氏は、ガイドの中で樹木や草花の名前を教えるだけでなく、立ち止まって木々の息吹や風のざわめきに耳を傾けたり、目を閉じて音や匂いを感じたりする時間を大切にしている。「人間の祖先は、森に住むサルだったといわれています。特に、日本人は独自の里山文化を発展させ、自然と共生してきました。そのせいか、森に入ると本来あるべき場所にいるという感覚が目覚め、リラックスした気分になれます。森に来られた方の五感を刺激し、癒やしの効果を最大限に感じていただくことが案内人の務めだと考えています」(高山氏)。

雨の中、森林ガイドを行う高山氏。季節や天候によって、さまざまな表情を見せる森の魅力を伝える

 ドイツをはじめとする欧米諸国では、古くから水や植物による自然療法が盛んに行われてきたが、国内でも近年、医師や研究者をメンバーとするNPO法人日本森林療法協会が設立され、森林療法に注目が集まっている。森林浴発祥の地として有名な長野県木曽郡上松町の赤沢自然休養林では、「森のお医者さん」という制度が開始された。5〜11月の行楽シーズン中、地元の県立木曽病院の医師が赤沢自然休養林まで出張し、問診、血圧測定、唾液中のアミラーゼ測定、散策ロードのアドバイスなどを行っている。これは、治療行為ではなく、予防医学の観点から健康の維持・増進などの効果を期待するものだ。今後、実証を重ね、効果・効能が明確になっていけば、森林の持つ多様な価値がいっそう明らかになるだろう。

子どもの生きる力を育む

 森林の価値を見直す動きは、教育や子育ての現場でも始まっている。千葉県にある木更津社会館保育園の園長、宮ア栄樹氏は、「森は子どもたちの五感を解放できる貴重な環境」と話す。木更津社会館保育園では、1999年から3,000坪の里山をフィールドとした「森の保育」に取り組んでいる。5歳児クラスの子どもたちは、木更津港の近くにある本園から約3キロメートル離れた森の分園「佐平館」で年間50日を過ごす。本園から分園までは歩いて約1時間。樹齢100年を超えるケヤキやスギに囲まれた分園は、子どもたちの大好きな遊び場だ。分園の中で子どもたちは、野菜や稲を育てて収穫を行うほか、昆虫を捕まえたり、食べられる実を探したり、落ちている枝で工作をしたり、興味の赴くまま遊んでいる。

春に植えた稲を秋に収穫。季節の移り変わりを自然の中で体験する子どもたち

 「森に着いた瞬間、子どもたちの目が生き生きと輝き、体の動きも活発になります。畑や田んぼに行くとき以外、何をして遊ぶか、子どもたちの自由です。おもちゃや遊具がなくても、駆け回って転んだり、泥んこになったり、ときには危ない目に遭いながら森の遊びに熱中しています。一方、大人の役割は、手を出さず見守ること。危険や困難を事前に取り除いてしまっては、子どもたちの心身の免疫力は育ちません。もちろん、やぶや崖、マムシやハチなど、森の危険性はしっかり教えますが、フェンスをつくったり、駆除したりはしません。森の保育の原則は、自然の脅威を排除せず共存することです。どこかに危険が隠れているかもしれない。そんな緊張の中で、動きながら考え、考えながら動く。子どもたちは、五感をフル活用して、危険を察知し、瞬時に状況判断を行い、自分なりの遊び方を見いだしていく。こうした体験を重ねていくと、危険や困難に直面したとき、誰に教えられなくても弱い者を守り、できる子ができない子を助けるようになる。泣いて、笑って、失敗と成功を繰り返しながら、強さを身に付けていく。楽しいだけでなく、恐ろしさ、厳しさを併せ持つ森の体験が、子どもたちの精神を成熟させてくれるのです」(宮ア氏)。

 教育や子育ての分野以外にも、心身の成長の場として森を活用する取り組みが始まっている。有限会社パシフィックネットワークがフランス・アルタス社と共同で展開する新型アウトドアパーク「フォレストアドベンチャー」もその1つだ。現在、全国に12拠点あり、それぞれの施設は自然の樹木や地形を生かしてつくられている。参加者はハーネスと呼ばれる専用のベルトを使って、樹上に張り巡らされたつり橋などの関門に挑戦しながらコースを移動する。単なる遊びでなく、自立心の育成をテーマにしており、子ども自身で安全を確保しながら冒険することが心身の育成につながると考えられている。企業向けのチームビルディング研修プログラムにも活用されるなど、発祥地のフランスではリスクマネジメント能力開発の研修ツールとして評価されているという。

森林が日本を元気にする時代へ

 人と森林が共生する独自の里山文化を築いてきた日本。高度経済成長を経て、大量消費・大量生産へと社会システムがシフトする中、人と自然の関係、森林の在り方が変わってしまった。しかし、今、森林の価値を再び見直し、ビジネスや医療、教育など、さまざまな領域で生かそうとする動きが始まっている。CO2吸収による環境保全から、地域振興、健康的で豊かな暮らしの実現に至るまで、森林への期待は幅広い。各地で始まった取り組みが大きなうねりとなり、国内に眠る森林資源の活用につながれば、日本経済に新たな活力がもたらされるに違いない。森林をめぐる新たな動きは、森林大国・日本の再生に向けた序章かもしれない。

取材協力:株式会社西粟倉・森の学校、高山正明氏、木更津社会館保育園

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.98(2012年11月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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