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PM2.5 特集(第二部) 大気汚染防止と経済発展の両立に向けて
近年、中国で深刻化するPM2.5による大気汚染は、国境を越えて被害を拡散する環境問題であり、一国の問題にとどまらない。そのため、問題を解決に導くには、汚染物質の発生を抑制する技術や規制の導入に加え、国際協力が鍵となる。PM2.5による大気汚染の防止に、日本はどのように貢献できるのか。越境大気汚染を防止するための技術、国際協力の在り方や課題を考察する。

経済発展と大気汚染 〜四日市公害〜

 1960年代、三重県の四日市コンビナートからの排水で海が汚れ、さらにばい煙、悪臭、SOx(硫黄酸化物)による大気汚染が発生した。四日市コンビナートは日本で最も古い世代のコンビナートであったため、公害に対する認識や対策が極めて未熟で、工場群に隣接する居住区域には風向きによって局地的にSOxの高濃度地帯が出現した。1961年3月に測定された大気汚染状況に関するデータによると、四日市市南東部の磯津地区ではSO2濃度の1時間値が1ppmを超え、最高で1.64ppmを記録した。現在、SO2の1時間値の環境基準は0.1ppm以下と定められているが、これを10倍も上回っていたことになる。

 SOxによる大気汚染は、ぜんそくなどの健康被害の要因となり、1967年、住民は被告6社を相手取り「四日市公害訴訟」に踏み切った。当初、大企業を相手にした同訴訟で、社会的弱者と見られていた住民側が勝つとは誰も思っていなかった。しかし、疫学調査などによって四日市コンビナートから排出された大気汚染物質と地域住民への健康被害の因果関係が立証されたことが大きなうねりとなり、1972年7月の原告勝訴の判決につながった。また、公害に苦しむ住民の声は、三重県および四日市市が環境政策に着手する原動力にもなった。四日市公害訴訟の判決が下る以前から、三重県は大気汚染物質の排出を抑制するため総量規制に乗り出し、「三重県公害防止条例」を1968年に施行した。1971年に改正された同条例で掲げられた最終目標値は、SO2の年平均値が0.017ppm、NO2の年平均値が0.02ppm。国の環境基準値(SO2:当時0.05ppm、現在0.04ppm、NO2:0.04〜0.06ppm)よりも厳しいものとなった。さらに、企業の取り組み姿勢は、四日市公害訴訟と自治体による規制によって大きく転換していく。低硫黄燃料の確保や排煙脱硫装置の導入が進んだ結果、SOxの年間排出量は規制前の約10万トンから1975年には1.7万トンにまで減少した。1976年には四日市コンビナートを含め四日市市全域でSO2濃度が最終目標値の0.017ppm以下となった。

 1995年、四日市は「快適環境都市宣言」を公表した。宣言文では「市民、事業者、行政が一体となって、二度と公害を起こさないという決意のもと、地球的な視野に立ち、良好な環境の保全と創造を図る」ことが謳われている。このような宣言文が生まれた背景には、自分たちの健康や地域環境を守ろうと闘った住民、ばい煙と健康被害の因果関係を立証した研究者、総量規制に踏み切った行政、公害防止技術の向上に努めた企業など、それぞれの当事者が問題解決に向けて取り組んできた歴史があることを忘れてはならない。

 四日市公害を研究する三重大学の朴恵淑教授は次のように話す。「四日市公害からの克服や公害終結だけで、快適環境都市は実現できません。四日市公害をめぐる問題の再評価を行い、これをもとに持続可能な快適環境都市のモデルをつくることが必要です。今、アジア諸国の経済発展が進む中、四日市ぜんそくをはじめ、水俣病、イタイイタイ病、新潟水俣病といった日本の4大公害の複合型といえる問題が顕在化しています。こうしたアジア諸国の環境問題の解決に、四日市公害から得られた知見を活用できるはずです。そのためには、四日市公害が発生した社会的・経済的背景や公害の発生メカニズム、克服に至るまでのプロセスをあらためて検証しなければいけません」。

 朴教授の発案によって、2004年4月から三重大学で「四日市公害から学ぶ四日市学」がスタートした。四日市学は、四日市公害問題を軸として、公害の発生メカニズム、持続可能な社会システム、環境教育、環境保全に関する国際協力など、さまざまなテーマに取り組む、新しい学問である (図1)。人文・社会科学から自然科学・医学まで、分野を超えた研究者が協働する学際的研究であり、その講座は三重大学の全学部の学生を対象に開講されている。朴教授は「四日市公害の歴史は、これまで負の遺産、できれば忘れたいものとして扱われていました。しかし、目を背けてばかりでは、過去の教訓から学ぶことができません。負の遺産をアジアの未来のために活かし正の資産に転換する、それが四日市学の試みです」と話す。

 日本には、公害問題の経験、さらに総量規制や技術開発・導入などで問題に立ち向かってきた歴史がある。その歴史の中で蓄積されたノウハウや最先端の技術を活かせば、アジアの各地域で顕在化する環境問題、そして国境を越えて拡大する大気汚染の解決に大きく貢献できるだろう。アジアにおける大気汚染防止のため、日本ができることとは何か。これより先は、四日市市をはじめ日本が経験した公害対策の知見を参考にしながら、国境を越えて飛来するPM2.5の解決策と今後の展望を考察する。

PM2.5の解明

 水俣病や四日市ぜんそくなどが日本で発生した1950〜1960年代は、公害という概念すらもほとんどない時代だった。そのため、原因の解明が遅れ、被害を拡大することになった。原因の解明は、防止対策の必要性を明らかにするとともに、より効果的できめ細かい対策を進めることを可能とする。今、注目されるPM2.5問題においても、まず大気汚染の状況を詳しく知ることが重要になる。

 大気中を浮遊する物質の生成・反応・輸送を知るには、粒子の組成・サイズ、そして主要成分の定量的分析などの情報が手がかりとなる。PM2.5はまだ未解明な部分が多いが、近年、国内では、その全容を捉えようと研究が進められている。中でも注目を集めているのが、東京大学先端科学技術研究センター、富士電機、海洋研究開発機構の共同研究チームが開発する、大気中の微粒子を測定する複合型分析装置だ。共同研究チームが開発した新装置は、大気中の粒子状物質をリアルタイムで多角的に計測するため、さまざまな分析法が組み合わせられている。大きく分けると、硫酸塩や硝酸塩などの主要成分を計測する“質量分析ブロック”、粒子状物質の数濃度粒径分布とすすの質量濃度や混合状態を分析する“白熱光検出ブロック”、生物起源の有機物を分類する“蛍光検出ブロック”の3つで構成されている。

 「産学連携で研究に取り組んだことで実用化への道が一気に前進しました」と、東京大学の竹川暢之准教授は話す。「富士電機の持つ最先端の技術や製品化ノウハウによって、分析の精度や装置の有用性を高めることができました。最も大きな成果は、大気中の微粒子を捕集する『粒子トラップ』です。大気中の微粒子は微量であるため、質量分析法で測るにはまず空気力学レンズという技術を使って粒子をビーム状に濃縮します。この粒子線を板にぶつけ、そこに付着した粒子をレーザーで加熱、気化させて分析するのですが、秒速100メートルという高速で当たると、粒子が板から跳ね返ってしまい全量を測定できません。我々の共同研究では、富士電機が保有する半導体集積回路の製造技術を応用して、シリコンを100マイクロメートル(μm)角の格子状に形成、これを5層重ねることで、立体構造のトラップを開発しました。粒子の衝突回数を増やすことで、大気中の粒子を逃さずほぼ100%捕集することが可能になったのです」(図2)。

 新装置のように、粒子状物質の構成成分をリアルタイムで判別し、成分ごとの質量を測定する機能は、従来の分析装置にはなかった。大気環境の研究やモニタリングに新装置が活用されることで、新たな研究成果がもたらされると期待されている。竹川准教授らの共同研究チームは、今後、自治体などと協力しながらフィールドテストを行い、新装置の有用性を国内外でアピールしていく予定だ。

 国内では、このほかにもPM2.5の発生メカニズムを探る装置が次々に開発されている。たとえば、慶應義塾大学の田中茂教授らは、硫酸や硝酸などの水に溶けやすい性質に着目して、大気を入れた容器内で微粒子を水に溶かし、成分ごとの濃度を測定する手法を開発。また、東京工業大学の藤井正明教授と国立環境研究所の研究チームは、レーザーで微粒子の表面を少しずつ削りながら構造を解析することで、長崎県の五島列島で採取した微粒子が石炭の燃焼で生まれた特徴を持つことを明らかにした。

世界最先端のクリーンコールテクノロジー

 大気汚染防止に関わる技術の中で、日本の活躍が期待される分野がもう1つある。それは、石炭火力発電所における排ガス対策だ。石炭火力発電所では、石炭などの燃焼に伴い、SOx、NOx(窒素酸化物)、ばいじんなどが発生する。しかし、電源開発(J-POWER)が運営する磯子火力発電所は、徹底した排ガス対策に取り組み、大気汚染リスクをほぼゼロに近いレベルにまで低減した。

 1964年に日本初となる公害防止協定を横浜市と締結した磯子火力発電所は、同協定で掲げた条項をクリアするため、さまざまな環境対策に取り組んできた。排ガスによる大気汚染に関しては、燃焼時に発生するNOxを低減するため、低NOxバーナーや二段燃焼方式などを採用。さらに、2002年に1号機、2009年に2号機をリプレースした際には、「乾式排煙脱硝装置」を新たに導入した。同装置では、ボイラーから排出されるガスにアンモニアを添加し、触媒層を通過させることによって化学反応を引き起こし、NOxを無害な窒素と水に分解する。また、排ガスからばいじんを取り除くため「電気式集じん装置」を採用。高電圧の電極間に排ガスを通すと、ばいじんはマイナスの電気を帯びてプラス電極に引き寄せられる。電極に付着したばいじんは振動で払い落とされ、ほぼ100%のばいじんを除去できる。これに加えて、磯子火力発電所では、活性炭を使って排ガス中のSOxの吸着・除去を行う「乾式排煙脱硫装置」を発電所として国内で初めて採用した。活性炭に吸着したSOxは濃硫酸として回収し、化学工場などで有効活用している。一方、SOxを取り除いた活性炭は再び脱硫に使用される。磯子火力発電所では、このほかにも、ボイラーや電気式集じん装置から排出される石炭灰のほぼ全量をセメント原料、土地造成材などの土木・建築資材として有効利用するなど、徹底した再資源化に取り組んでいる。

 J-POWER広報室課長の北風正男氏は磯子火力発電所の環境性を次のように話す。「磯子火力発電所では、環境保全対策に力を入れると同時に、世界最高効率となる超々臨界圧(USC:Ultra Super Critical)技術を導入するなど、熱効率の向上にも取り組んでいます。熱効率を向上させることで、石炭消費量を節減し、CO2の削減にも貢献することになります。発電力量当たりのSOxとNOx(原単位)は、主要先進国の石炭火力発電所と比較しても極めて小さく、環境負荷低減、発電効率の両面で『世界で最高水準のクリーンな石炭火力発電』となっています」(図3)。

 石炭火力発電は、現在、世界の発電電力量の約4割を占め、世界各国で主要なエネルギー源となっている。埋蔵量を見ても、化石燃料の中で最も埋蔵量が多く、かつ世界各地に広く分布していることから、今後も利用が伸び続けると予測されている(図4・5)。そのため、石炭火力発電に伴う環境汚染、CO2排出量の増加をいかに防止していくかが、今後ますます重要な課題になっていくだろう。次世代の石炭火力発電に向け、J-POWERでは、石炭ガス化複合発電(IGCC)や石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)といった高効率発電技術の開発に取り組むとともに、CO2回収・貯留(CCS)技術によるゼロエミッションの実現に挑戦している。環境性能と発電効率を両立した日本発のクリーンコールテクノロジーは、今後、海外市場でも重要性を増していくに違いない。

大気汚染防止に関する国際協力

 日本の優れた技術をどのようにアジアの経済発展と環境保全につなげていくか。そのために求められる国際協力の在り方が、今後のポイントとなるだろう。すでに、国際協力機構(JICA)は、1990年代から大気汚染改善に向けて中国と協力を行っている。JICAが中国とともに手がける大気汚染防止プロジェクトは、インフラ整備、技術支援、政策立案、人材育成など、幅広い内容を含む。インフラに関しては、円借款の供与を通じて、環境負荷の高い旧式の小型ボイラーの代わりに集中型熱供給施設を整備し大気汚染物質の排出抑制を図るプロジェクトや、石炭を天然ガスへ転換するプロジェクトなどを実施(図6)。技術面では、1991年1月〜1995年11月まで日中友好環境保全センターを設置し、これを中核として大気状況のモニタリング、汚染防止技術の研究に従事する人材の育成に取り組んできた。中国における大気環境改善に向けた取り組みについて、JICA東・中央アジア部東アジア課課長の佐藤睦氏は次のように話す。「1996年〜2000年に承諾された16の円借款事業では、SO2で 19万トン分の削減効果があったものの、それ以上に中国の経済成長が著しく、抜本的な大気環境の改善には至っていません。しかし、近年、中国国内でも大気汚染問題の解決に向け積極的な動きが見られるようになってきました。2013年4月、中国の立法機関である全人代常務委員会から11名が日本を訪れました。これは23年ぶりとなる環境保護法の改正に向けて研修を受けるためで、法規制による大気汚染防止対策の進展が期待されます」。

 一方、地方自治体とも協力しながら新しい取り組みも進められている。その1つが、2013年3月から湖南省湘潭市で始まった「大気中の窒素酸化物総量抑制プロジェクト」だ。工場で脱硫装置を使ったシミュレーションなどを行いながら、大気汚染物質排出削減に必要な課題を技術面、政策・制度面から検討し、実践的な抑制技術・手法の普及を図る。湘潭市をモデル都市として、取り組みの効果を示し他の地域へ展開することが目標だ。「こうした先進的なプロジェクトを主導すると同時に、日中の地方自治体間で行われる取り組みの支援にも力を注いでいます」と、JICA東・中央アジア部東アジア課主任調査役の佐々木美穂氏は話す。「京都府京都市と陝西省西安市は、友好都市として長年交流を続けていますが、最近では、西安市におけるPM2.5を含む粒子状物質の対策など、大気環境改善に関する協力を進めており、JICAではこれを『草の根技術協力:西安市における大気中の浮遊粒子状物質量削減事業』として支援しています。今年2月から3月にかけて、西安市環境保護局を中心とする一行が、日本の環境政策や大気測定技術に関する研修を受けるため京都市を訪問しました。こうした草の根技術協力は、他の自治体の間でも行われています。1つひとつの取り組みの効果はそれほど大きくないかもしれません。しかし、小さな点のように始めた活動が、線で結ばれ、面的な広がりを持つようになれば、地域や市民の力が国全体を動かすことにもなるでしょう。中国において大気汚染防止に取り組むには、法改正と草の根、トップダウンとボトムアップという両面から展開していくことが必要だと思います」。

国際協力の中で日本に求められる役割

 2013年5月に開催された日中韓三カ国環境大臣会合では、PM2.5を含む大気汚染問題が重要な議題となり、大気汚染物質に関する科学的知見の充実、排出抑制の促進などに取り組むことが強調された。このとき採択された共同声明では、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)、日中韓光化学オキシダント科学研究、北東アジア長距離越境大気汚染(LTP)プロジェクトなど、既存のネットワークをさらに拡大しながら協力を深めていくことに合意がなされた。特に、EANET などを通じて、酸性化物質や粒子状物質などの関連化学物質のモニタリングを強化し、より優れた大気環境管理に寄与することが期待されている。さらに、関連政策やモニタリング技術、汚染防止技術などについて情報交換しながら、新たに政策対話の場を設けることに合意がなされた。しかし、共同声明に法的拘束力はなく、各国の対策強化にすぐに結び付くものではない。今後、三カ国の国際協力がどのように実現されるのか、政策対話の行方が注目される。

 越境大気汚染防止に向け求められる国際協力について、三重大学の朴教授は今後の課題を次のように述べる。「四日市ぜんそくをはじめ公害問題では、汚染物質の排出源である企業に対して汚染の回復、被害者の救済責任を追及する“汚染者負担原則”が適用されます。しかし、これからPM2.5などの越境大気汚染を解決するには、“被害者負担原則”も許容する必要があります。被害者である国・地域が問題解決に向け、どのように協力していくかが、ポイントとなるのです。国家間の環境汚染対策に関しては、酸性雨防止のために二国間協定を結んだカナダとアメリカに倣おうという意見もありますが、アジアでのPM2.5をめぐる問題はそれよりも複雑です。なぜなら二国間ではなく多国間の問題であり、各国の経済発展のレベルに隔たりがあるからです。こうした国家間の利害関係は政策決定のプロセスにも影響を及ぼしてしまいます。そのため問題を解決に導くには、国籍や文化の差を超えて協力する“認識共同体(Epistemic Community)”が必要です。“認識共同体”とは、複雑な環境問題の因果関係を科学的に解明、さらに適切な政策を立案する役割を担う専門家のネットワークです。EANETやLTPプロジェクトなど、すでに国際的な研究組織はあるものの、まだ発展の途上にあります。各国の最高水準の研究者が協働し、相互信頼を築く長期的なプログラムを構築することによって、地域内のすべての国家の水準が向上するWin-Win戦略が可能となるでしょう」。

 越境大気汚染問題の解決には、国という枠組みを超えた協力関係の構築が不可欠となる。しかし、今、求められているのは、国際条約や協定といった政府レベルの協力にとどまらない。地域住民をはじめ大学、企業、地方自治体など、ありとあらゆるレベルで各国が連携し、より深く緊密な協力関係をつくることが必要だ。越境大気汚染問題を解決するため、そしてアジアの持続可能な発展に資するため、オールジャパン体制で取り組むことができるか。「環境立国」を掲げる日本の実行力が問われている。

取材協力:
●東京大学先端科学技術研究センター
●三重大学
●独立行政法人国際協力機構
●電源開発株式会社
●富士電機株式会社

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.102(2013年9月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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