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特集 鉄道が導く持続可能な社会
環境への影響が低い移動手段として筆頭に挙げられる鉄道。今、その環境性に加え、都市の抱える課題を解決に導く可能性に注目が集まっている。持続可能な社会の実現に向けて鉄道はどのような役割を果たせるのか。鉄道の可能性と役割について考察する。

環境の時代に再注目される鉄道

1990年代以降、環境問題に対する取り組みが求められる中で、物流における輸送手段をトラックから鉄道や船舶に移行させる「モーダルシフト」が注目されている。特に、鉄道は輸送量当たりのCO2排出量が自動車に比べてはるかに低く、最も環境に優しい交通手段だといえる(6ページグラフ参照)。国内では1991年から運輸省(現国土交通省)がモーダルシフトの推進を表明し、企業の中には、鉄道貨物輸送を積極的に活用する動きも出てきている。

しかし、日本全体を見たとき、鉄道が貨物輸送で占める割合は、4%程度にとどまっている。一方、旅客輸送における鉄道の割合は25%以上に及ぶが、60%のシェアを誇っていた高度成長期と比べると年々低下している。マイカーの利用率が高い地方部では、鉄道のシェアが10%を大きく下回る地域もある。自動車の普及によって鉄道の利用が減った結果、採算の合わない路線は運行本数の削減や廃線に追い込まれ、さらにモータリゼーションが加速するという悪循環が起きている。

国土交通省の公表によると、2012年度における国内のCO2総排出量は12億7,600万トンであるが、そのうち17.7%は運輸部門に起因するものだ。輸送機関別に見ると、運輸部門の86.8%を自動車が占めている。このため、自動車から環境負荷の低い鉄道に切り替えることで、運輸部門における大幅なCO2削減が期待されるし、交通渋滞の緩和も期待できる。こうした環境への効果に加え、少子高齢化、人口減少などの問題に対しても、鉄道の役割が今、あらためて問われている。持続可能な社会を実現するために、鉄道は何ができるのか。本特集では、ヨーロッパにおける鉄道の復権や国内の事例をひもときながら、鉄道の可能性を考察する。

ヨーロッパで進む鉄道復権

20世紀半ばのヨーロッパにおいて、鉄道は斜陽産業といわれた。旅客輸送における自動車のシェアが1970年時点で75%弱、1990年には90%超と急速に高まった裏で、鉄道はシェアを6.4%まで下げ、その存在価値を低下させていったのである。しかし、1990年代半ばから鉄道のシェアは少しずつ上昇し、2007年には7%台にまで回復している。小さな変化に見えるが、ヨーロッパにおいては鉄道をめぐる状況が明らかに変わってきていることがうかがえる。

『鉄道復権』や『路面電車ルネッサンス』などの著作を持つ、関西大学経済学部教授の宇都宮浄人氏は、ヨーロッパにおける鉄道復権の背景として「市場統合」「都市再生」「環境問題」の3つを挙げる。

1990年代以降、東西の冷戦終結とともに、ヨーロッパでは、東欧、中欧も含めた「市場統合」が推し進められた。モノ、サービス、資本、そして人の移動の自由が求められた結果、高速鉄道網が整備され、さらに域内の鉄道市場の自由化、すなわち国際列車の相互直通運転(インターオペラビリティ)が進められたのである。こうした流れの中で転機となったのが、1991年に制定された「欧州指令440号」だ。

「欧州指令440号」は、「上下分離」と「オープンアクセス」を掲げ、鉄道の活性化に大きな影響を与えた。「上下分離」とは、上部(鉄道の運行・運営)と下部(インフラの整備・管理)を担う組織を分離することを意味する。従来、線路管理と輸送サービスは一体のものとして鉄道会社が担ってきた。これに対して、「上下分離」では、公的機関がインフラ整備に関与し、運行は民営化させることで、安全性の確保と事業の効率化・活性化を図る。費用がかかるインフラ整備から鉄道事業を切り離すことは以前からも行われてきたが、「欧州指令440号」が画期的だったのは、「上下分離」に「オープンアクセス」を組み合わせることを提案したことだ。「オープンアクセス」とは、民間事業者の誰もが運行サービスに入札できるようにする制度である。これによって、従来以上に競争原理が働くようになり、運行コストの引き下げや乗客を増やすためのサービス向上が期待される。実際、「上下分離」と「オープンアクセス」にいち早く取り組んだスウェーデンは鉄道の生産性を高め、鉄道政策の先駆者として評価されている。

2つ目の「都市再生」は、路面電車やローカル線の新設を進める後押しになった。1950年代以降、ヨーロッパの都市では交通渋滞が深刻化し、街なかに排気ガスが充満するようになっていた。また、中心市街地に人口が集中し居住する場所がなくなると、外縁部に多くの人々が住むようになり、街の輪郭が拡大していく。そして、郊外型のショッピングセンターがつくられ、中心市街地には人が寄り付かなくなる。こうして活気を失う都市がヨーロッパの各地に増えていったのだが、このとき、中心市街地に人を呼び戻し、都市に再び活気やにぎわいを生み出す切り札として注目されたのが鉄道だった。かつてフランスやイギリスは、モータリゼーションの到来とともに路面電車の大半を廃止してしまったが、20世紀末から路面電車を続々と復活させている。

「市場統合」「都市再生」によって鉄道の役割や地位が変化する中で、鉄道復権のさらなる追い風となったのが、3つ目の「環境問題」である。自動車の排気ガスによる大気汚染や酸性雨による森林破壊、気候変動といった問題に相次いで直面した結果、ヨーロッパ各国では環境に優しいまちづくりが積極的に進められるようになった。たとえば、フランスでは、2007年の大統領選挙でサルコジ前大統領が「持続可能な発展」を公約に掲げて勝利し、同年に「環境グルネル会議」を開催した。同会議では、国、地方自治体、企業、労働組合、NPOなどが一堂に会し、環境政策について4カ月にわたって協議。その最終報告書の中では、公共交通整備が大々的に打ち出され、新たな道路の建設をやめて大量輸送機関の拡充を優先することや、トラック輸送に対する環境課徴金を導入することなどが提言されている。EU全体では、2011年3月に欧州委員会が発表した交通白書の中で、環境に優しい鉄道へ回帰する方針が掲げられ、300キロメートル以上の貨物輸送は2030年までに30%、2050年までに50%を鉄道と水運にシフトすること、さらに2030年までに高速鉄道網を現在の3倍にすること、2050年までに中距離の都市間輸送の50%以上を鉄道とすることなどが明記されている。

存在意義が高まる公共交通

日本では、1990年代以降、公共交通事業の規制緩和などにより採算の合わなくなったローカル鉄道の廃止が進み、地方の公共交通機関は危機的状況に陥った。

宇都宮教授は、鉄道をめぐる日本と世界の違いを次のように分析する。「20世紀、ヨーロッパやアメリカで鉄道の衰退が進む一方、日本では鉄道路線の拡張を推し進め、車両や運転技術を革新し続けてきました。国鉄や地下鉄、民間の大手私鉄が通勤鉄道網を建設し、さらに都市間輸送を担う新幹線も整備され、高度成長期の大量輸送を支えました。日本は、他の先進国と比べ例外的な大成功を収めたのです。しかし、この成功体験があるばかりに、『鉄道は民間事業として黒字経営が当たり前』という認識が日本に根付いてしまいました。その結果、運賃だけで収支が見合わない路線の切り捨てが全国各地で発生したのです。今日、ヨーロッパをはじめ世界では、公共交通は単なる運輸事業ではなく、社会インフラとして、公的支援を受けながら整備するというのが常識です」。

さらに、宇都宮教授は、世界では、新たなまちづくりのツールとしてLRT(次世代型路面電車)が注目されていると語る。「LRTは、路面電車の進化型と呼ばれますが、鉄道やバス、自転車、自家用車といった他の交通機関をネットワークで結び、都市の基幹軸となる新しい交通システムといえるでしょう。これによって、街に人が集い、にぎわいが生まれ、運賃収入だけでは計れない効果をもたらします。従来、鉄道とバスの間に位置する手ごろな中量輸送機関がありませんでした。 これに対し、地下や高架も走行できるLRTならば、他の交通機関とネットワークをつなげやすく、また、道路空間を転用できるため比較的安価な投資で導入することができます。総工費は、条件次第とはいえ、車両なども含め1キロメートル当たり約20〜30億円と試算されます。一方、地下鉄は300億円、モノレールは100億円といわれており、LRTならば人口の少ない地方でも費用に見合った効果を得ることができます。もう1つ、路上から乗れることを生かしたバリアフリー構造も重要なポイントで、道路交通を補完し人と環境に優しい公共交通として、LRTは世界各国で導入が進められているのです。1978年から2013年までに世界中で新規に建設されたLRTは140都市以上に上り、ドイツのLRTのように既存の路面電車を活用したものも含めると、その数はさらに多くなります」。

都市の装置としてのLRT

日本でのLRTの導入事例はまだ少ないが、富山市の取り組みはLRTとまちづくりをマッチさせた成功事例としてよく知られている。「富山ライトレール」は、廃止が検討されていたJR西日本の富山港線を引き継ぎ、2006年に開業。路線の延伸や運行本数の増加、超低床車両の導入などによって利便性の向上を図った結果、利用者を増やし、自動車からの乗り換えも進んでいるという。自動車への依存度が高い富山市では、CO2排出量の約30%を自動車交通が占めており、CO2削減対策としてのLRTへの期待は高い。また、富山駅と住宅地を結ぶことによって、高齢者をはじめ自動車を利用しない市民の移動を生み出し、中心市街地の活性化にも寄与しているという。

「富山ライトレール」では、富山市が路線整備を行い、実際の運営は第3セクターの富山ライトレール株式会社が行う公設民営方式がとられている。富山市が「富山ライトレール」を通じて目指すのは、「コンパクトなまちづくり」の実現だ。自動車に依存しなくても日常生活に必要な都市サービスを享受できるよう、串(一定水準以上のサービスレベルの公共交通)とお団子(串で結ばれた都市圏)の都市構造をつくろうと取り組んでいる。2014年度末に北陸新幹線の開業が予定されているが、富山駅の高架化に合わせて駅の北側にあるLRTと南側にある路面電車をネットワークすることを計画しており、公共交通サービスの充実で、地域のさらなる活性化を図ることを目指している。

急速に進む高齢化と自動車に依存する交通事情、環境に優しいまちづくりなどを背景に、LRT導入を図る動きは全国各地に広がりつつある。現在、札幌市や広島市、鹿児島市なども、既存の路面電車を活用してLRT化に取り組んでいる。また、LRT導入を長年協議していた宇都宮市もようやく事業化に向けて動き出した。宇都宮市のLRT事業は、新たに軌道を敷設してゼロから始めるものであり、これまで20年以上の紆余曲折があった。宇都宮市には、南北を走る鉄道はあるものの、東西をつなぐ交通手段が自動車しかない。そのため、市の東部にある工業団地群と中心市街地を結ぶ道路が慢性的な渋滞を引き起こしており、1990年代からその対策が協議されてきた。県と市は「新交通システム検討委員会」を設置し、2003年には「導入システムはLRTとする」と明記した報告書を発表するが、その後、景気の低迷や首長交代による方針の転換などを受けて、計画は二転三転した。しかし、近隣の自治体や宇都宮商工会議所がLRT整備に対する要望書を提出したことなどが後押しとなり、2013年度に宇都宮市は隣接する芳賀町とともに新たに委員会を設置し、LRTの事業化に向けて導入空間や運行計画の検討を行った。2014年度からは、測量や設計など建設に向けた具体的な段階に入るとされている。このほか、国内では、かつて路面電車を廃止した神戸市が2014年度から調査費を予算計上してLRT導入を検討しており、今後の動向が注目されている。

宇都宮教授は「重要なのは中長期的な展望を持つこと」と語る。「日本でLRTの導入が進まない理由として近視眼的思考の壁があります。LRTの本来の効果が理解されないまま、LRT導入にはお金がかかるからと反対されてしまうのです。LRTは車を持たない高齢者の外出を促進する効果があります。もっと多くの市民が外出するようになれば街が潤い、健康寿命の向上も期待されます。概算ですが、人口50万人の都市で40歳以上の人が1日1万歩外出すれば、年間300億円の医療費削減が見込まれます。また、街がにぎわえば、中心市街地の地価の上昇、固定資産税などの増収にもつながります。都市の魅力と競争力を高めるLRTは、いわば『都市の装置』であり、中長期的なまちづくりという観点から一定の公的な支えによって導入を図る必要があると考えています」。

鉄道の新たな可能性を拡大

LRTを核としたまちづくりは、鉄道の新たな可能性を示すものといえるが、近年、観光に特化した列車(観光列車)が沿線地域の活性化に貢献するなど、鉄道の役割は広がりを見せている(コラム参照)。かつて鉄道は、どれだけ早くたくさんの人やモノを安全かつ確実に運べるかという効率性ばかりが重視されていた。しかし今では、効率性や安全性に加え、環境性、利便性、快適性、娯楽性、公益性など、さまざまな面から鉄道の価値の見直しが進められている。従来の枠を超えて鉄道の活用を考え、その可能性を最大限に引き出すことで、鉄道は持続可能な社会を支えるツールとして機能するはずだ。

本稿では、ヨーロッパや日本における鉄道の再生に焦点を当てたが、次回は、新興国における鉄道開発の現状と今後の展望について特集する。新興国では、近年、自動車が急速に普及しPM2.5など大気汚染が深刻化しているが、こうした環境問題の解決と経済の発展に鉄道をいかに活用することができるか、その可能性を考察してみたい。

取材協力:
関西大学、九州旅客鉄道株式会社


コラム

地域の活力を生み出す観光列車

 昨今、全国各地で見られるようになった観光列車だが、ブームの火付け役といえるのが九州旅客鉄道株式会社(JR九州)だ。1998年、JR九州は、博多駅〜由布院駅〜別府駅間を走る「ゆふいんの森」の運行を開始した。眺めのよいハイデッカー構造の車両、食事もできるサロンスペースなどが人気を呼び、由布院に多くの観光客をもたらした。

 現在、JR九州は、九州の各地で、個性豊かな観光列車を9本運行している。9本の列車は、沿線地域の文化や特色、素材からなるストーリー(S)と、そのストーリーを魅力的に引き立てるデザイン(D)というコンセプトから「D&S(デザイン&ストーリー)列車」と称されている。たとえば、宮崎県の日南線のD&S列車「海幸山幸」は、南九州が舞台とされる日向神話(日本神話)の海幸彦と山幸彦をテーマに取り上げ、車両の装飾に日南市特産の「飫肥杉」をふんだんに使用している。

 D&S列車の乗車率は平均約80%に及ぶ。D&S列車が走る路線の中には赤字を抱えているところもあり、その乗車率は驚異的といえるだろう。こうした人気を支えるのは、観光客の満足度を追求したサービス、そして地域の協力体制だ。D&S列車では、沿線住民が列車に向かって手を振ることが名物になっている。手を振り返す乗客は必ず笑顔になり、旅の満足につながっているという。さらに、D&S列車の運行を機に、地元の主婦たちが新しい駅弁を考案したり、旅館やホテルがD&S列車のストーリーをもとにディナーメニューの開発をしたりなど、取り組みは次々と広がり、観光地としての地域の魅力向上につながっている。

 D&S列車の導入によって、赤字路線に人を呼び込み、街を活性化させる。今、D&S列車は、交通手段としての役割を超え、地域のシンボルとしてなくてはならない存在となっている。鉄道と地域の関わりについて、JR九州鉄道事業本部営業部担当部長の渡邉太志氏は次のように話す。「九州は少子高齢化のスピードが全国平均より早く、2011年に全線開業した九州新幹線と合わせてD&S列車で観光客を誘致し、交流人口を拡大することは、九州全体の活性化につながると考えています。2013年10月から運行を始めたクルーズトレイン『ななつ星in九州』は、これまでの取り組みの集大成ともいえるものですが、日本初のクルーズトレインを走らせた狙いは、国内のみならず海外での九州の知名度を上げることにあります。地域と一緒になって活気ある九州をつくることが、我々鉄道会社の役割だと考えています」。

 従来、九州を旅する観光客の移動手段としては、飛行機や自動車が一般的だった。列車にしかない旅の楽しさは、モーダルシフトの大きな後押しとなり、環境負荷の低減、経済の活性化など、さまざまな恩恵を地域にもたらすことが期待される。

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.106(2014年7月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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