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特集 環境の世紀を走るエコトレイン

モータリゼーションが阻害する東南アジアの環境と経済

急速な勢いで経済発展が進む新興国では、モータリゼーションの普及が、CO2排出量の増加、大気汚染、経済発展の阻害や国際競争力の低下などの深刻な問題を引き起こしている。国際エネルギー機関(IEA)の『東南アジア エネルギーアウトルック(2013年版)』によれば、東南アジア地域の化石燃料を含むエネルギー需要は、1990年以降2.5倍に拡大、2035年までに80%以上の需要増が見込まれると予測している。

自動車から排出される大気汚染物質が人体に与える影響は、2014年3月に世界保健機関(WHO)が発表した報告書に詳しい。2012年の世界の死者の8人に1人(約700万人)が大気汚染によるものとし、特に汚染が深刻な東南アジアを含む西太平洋地域では、その数は590万人に上る。

大気汚染は従来、地域限定の公害と考えられてきたが、近年は気候変動に及ぼす影響が明らかになり、地球規模での対策が必要な問題の1つとしても注目が集まり始めている。原因の大半はエアロゾルと呼ばれる、空気中に浮遊する固体や液体の粒子で、その多くは自動車が吐き出す排ガスだ。エアロゾルそのものは温室効果ガスより短寿命だが、大量に放出されることによる量的効果が無視できない状況にある。たとえば、SO2(二酸化硫黄)から生成される硫酸粒子は、太陽放射の伝達を直接かく乱するだけでなく、雲の生成に影響を与えて間接的にも太陽放射に影響を与えることがわかっている。

新興国で加速するモータリゼーションが、大陸や大海を越え地球規模で環境を蝕みつつある現状に、同じ歴史を歩んできた先進国、中でも近隣国である日本の果たすべき役割は大きい。

また、島々が点在する東南アジア地域は、地理的条件だけでなく、エネルギー使用の規模やパターン、エネルギー資源賦存量が各国で異なり、行き過ぎたモータリゼーションを改善する運輸・交通のインフラ整備状況にもばらつきがある。この整備の格差がそのまま成長の格差につながっていると、内閣府『世界経済の潮流 2014年T』では分析している。

特集後編の今回は、東南アジアを中心とする新興国の鉄道事情と、鉄道普及が各国の経済発展や環境改善にいかに寄与できるか、その可能性について考える。

資金調達に活かす日本の知見

東南アジアの都市交通インフラの状況を見てみたい。全般に新興国は、GDPに占めるエネルギー消費の割合を示す"エネルギー強度"が高い傾向にある。先進国の中でも自動車依存型のアメリカやカナダは高く、都市鉄道が発達している日本は低い。狭い国土に人口が集中する東南アジアは、地理的特性から見ても、日本型の"エネルギー強度の低い成長"を目指すべきといえるだろう。

エネルギー強度の高い東南アジアの国々の中には、すでにインフラ整備を進め、目標値を定めて数値の低下を目指している国もある。たとえば、人口密度の高いシンガポールは、比較的早い時期に「公共交通機関が生活面や環境面での持続可能な都市の基礎になる」と認識し、バスやMRT(Mass Rapid Transit)などの公共交通機関の利用を促進してきた。2008年には、持続的な社会発展に向けて描いた青写真『ブルー・プリント』で、「2005年比で、エネルギー強度を2020年までに20%、2030年までに30%削減する」との具体的な数値目標を掲げている。

一方、施策の着手が遅れたばかりに都市機能がまひしているのがインドネシアの首都ジャカルタだ。海外の鉄道支援を手掛ける国際協力機構(JICA)経済基盤開発部の小泉幸弘氏は、同都市の状況を次のように語る。

「ジャカルタ首都圏の都市交通政策は、しかるべきタイミングに適切な投資ができなかったという点で失敗といってよいでしょう。人口規模が約3,000万人に膨れ上がったにもかかわらず都市鉄道は約160キロメートルと圧倒的に不足しています(日本では東京都内だけで鉄道延長1,000キロメートル超)。

鉄道事業は通常10年スパンで考えますが、先進国と新興国の10年では経済の成長度合いが違います。ジャカルタでは最近、ようやく最重要幹線道路を通るMRT南北線(22キロメートル)の建設に着工しましたが、本来であれば10年前には着工すべきものでした」。

導入を邪魔する最も大きな理由は資金調達だ。都市鉄道は20〜50キロメートルを敷くのに1,000億〜2,000億円の資金を要することとなる。それらをどう賄うのか。

小泉氏は「資金問題の解決には民間の力が不可欠」と断言する。

「手法にはいくつかあり、1つに沿線開発があります。鉄道を整備すると便利になる。すると地価が上がる。そのタイミングで自治体やディベロッパーなどが指揮したまちづくりをすることで、上がった地価分を鉄道整備などにうまく回すというメカニズムです。

土地を持っている地主の皆さんに、地価上昇分に相当する一部の土地を公共に提供してもらい、道路や駅前広場をつくるという方法もあります。日本でも1960年代から続く手法です。

新興国の方々の関心が意外に高いのが、東京駅上空の"空中権"を利用した資金調達です。空中権は地上の空間を利用する権利で、東京駅上空の未利用容積を周辺ビルと取り引きし、丸の内駅舎の復元費用に充てました。

これらの方法は日本のように過密な都市だからこそ生まれたビジネスモデルです。地理的にも日本と似ている新興国にこうした経験を示せるのは、日本ならではだと思います。ただし民間の参入を促すためには、官側(注:新興国政府側)で法制度等を整備し、適切なリスク分担を行うことが不可欠であることは忘れてはなりません」。

新成長戦略で増えるwin-win型インフラ展開

東南アジアへ日本の鉄道インフラを導入するときに避けて通れないのが、既存インフラとの整合性の問題だ。東南アジア各国の既設鉄道を導入・運営する企業の大半は、ドイツ、フランスなどの欧州チームやカナダの企業で、世界シェアでも56%を占める。日本の鉄道車両や運営システムとは大幅に規格が違うため、後から日本が参入する際は、それらの規格とどうリンクさせて利用者の利便性を確保するかが問われる。近年は中国や韓国も名乗りを上げており、より複雑化している状態だ。一方の日本勢は国内主要メーカー5社を合わせても世界シェアは9%しかなく、古くから円借款で支援を続けつつも自国企業の落札には至らないという残念なケースが散見されてきた。しかしここに来て、その図式が変わり始めていると小泉氏は言う。

「従来の日本の鉄道事業者の関わり方は、途上国研修員の受け入れや専門家派遣といったリソース関与が主流でした。いわゆる社会貢献型です。それが昨今は、海外マーケットを収益の柱の1つとして捉えるwin-win型へと変化しています。背景には、政府が掲げている成長戦略でインフラシステム輸出の柱の1つとして鉄道を位置づけていることが大きいと感じています。

マクロ経済において運輸交通セクターが排出するCO2の割合は22%と大きく、新興国でのモーダルシフトにはますます期待が高まっています。国際融資機関もモーダルシフト関連融資には非常に積極的です。こうした背景から、日本の鉄道事業者の関心・関与も急速に高まっているところです」。

具体的な案件も生まれている。日立製作所は2013年6月、ベトナム初の都市鉄道となるホーチミン1号線の設備一式(車両51両、信号・通信システムその他)の受注契約と、開業後5年間の保守契約を結んだ。1号線は、ホーチミン市中心部から市北東部を結ぶ総延長19.7キロメートルの路線となる。開業は2018年を目指す。

LCAで見る日本の省エネ技術の優位性

東芝、JR東日本、丸紅の3社が2013年11月に受注した、タイ・バンコクの都市鉄道路線「パープルライン」も注目のプロジェクトだ。パープルラインは、バンコク北部のバンスー地区と北西郊外のバンヤイ地区を結ぶ約23キロメートル、16駅の鉄道路線で、タイの運輸交通局が日本の円借款を利用し、2016年ごろの営業開始を目指して工事を進めているものだ。今回受注したのは、車両と信号・運行監視設備、変電設備、通信設備などの鉄道システム一式の供給と10年間のメンテナンス事業。バンコクの都市交通に日本製の鉄道車両が導入されるのは初めてで、ステンレス車体の63両をJR東日本グループの総合車両製作所(J-TREC)が製造する。メンテナンスに関しては3社共同で会社を設立し、車両や信号、軌道、電力、ホームドア、自動運賃収受システム、車両基地などに関する業務を10年間行うことになる。日本企業が海外の鉄道メンテナンス事業に参画するのは初といい、初めて尽くしが注目を呼んだ格好となっている。

バンコクは世界屈指の渋滞都市として知られる。今回のパープルライン事業に携わる、東芝鉄道・自動車システム事業部の小林岳春氏によれば、新興国の鉄道導入の動機として大きいのは渋滞解消による都市機能の改善だが、環境への懸念から導入を希望する国や自治体も多く、 実際、タイ政府も両者を同時に改善する都市鉄道に期待を寄せているという。

「今回の受注は、事業者それぞれの実績が評価された点が大きいと考えています。JR東日本さんは世界でも一、二の規模の鉄道事業者で、我々にも台湾新幹線の実績があります。欧州がグローバルスタンダードを目指す中、日本勢はなかなか国際入札で勝てず採用に至りませんでしたが、技術レベルや品質、長期のランニングコストに優位性のある日本の技術を今回、ようやく評価してもらうことができました。新興国は近年、イニシャルだけでなく保守を含む長期パッケージでトータルに開発を考えるようになってきており、日本の強みが活かされ始めたと感じています。

日本のもう1つの強みが省エネ技術です。バンコクではすでにドイツの安全基準や運用ルールが標準になりつつあり、今回のパープルラインもそれに合わせる形をとっていますが、省エネに関わる部分だけは譲らずに、日本の仕様を残しています。具体的には、素材の軽量化、駆動モーター、制御機器の素子効率などで、これらは設備の寿命やランニングコストに関わる部分です。つまりLCAが下がるので、長期的に見れば費用を抑えられる。そこを理解してもらうことができました」。

ほかにも、標高が低く洪水の多いバンコクの実情に配慮し、床下にある電気関係機器の設置位置を高くし、サイズも小さくするなど地域特性に合わせた工夫を凝らしている。

「新興国市場は南米やインド、中東などにも広がっていますが、東南アジアは地理的に日本と似ている上に、流通や開発投資といったIR(投資家向け情報)と密接な関係にあることからシナジー効果も得やすいと感じています。経済、安全、環境をパッケージ化した戦略で今後も貢献していきます」(小林氏)。

鉄道の可能性を広げるICカードシステム

都市鉄道が整備され人や物資の流れがスムーズになると、活動範囲は駅から周辺へと広がる。広がった先に新たな街ができ、モータリゼーションが拡大する。そのスパイラルを好転させる仕組みとして陰の立役者を演じるのが自動改札システムだ。

2009年の北京地下鉄、2011年のインド・チェンナイメトロに続き、先述のベトナム・ホーチミンで日立製作所が受注した1号線にて、自動改札システムに関する受注契約を結んだ日本信号の国際事業部長・大島秀夫氏は、日本のICカードシステムについて次のように語る。

「駅の改札から自動販売機やキヨスク、コンビニエンスストアでの買い物まですべてをスムーズにこなす日本のICカードは、セキュリティー性も極めて高く、誰にも偽造できない世界最高レベルの技術です。

駅はもともと人とモノを運ぶ場所でしたが、1990年代から日本の駅は情報発信基地になりました。人が集まるとさまざまなサービスが提供されるようになり、エキナカビジネスや駅周辺の公共交通、ビジネスへと広がっていきます。ICカードという1枚のカードが日本で広げてきた利便性と可能性を、新興国に合わせた形に縮尺して貢献できないかと考えています」。

自動改札システムでもグローバルスタンダード化しつつある欧州規格(ICカード規格)を前に、受注に勢いづき始めた同社は、鉄道の安全を支える信号システムにおいても、台湾、中国、トルコ、インド、韓国などへと販路を広げ、世界20カ国以上に提供している。とりわけ、新興国においては、安価でパフォーマンスの高い無線通信を使った列車制御システム「CBTC(Communication-Based Train Control)」が求められ、欧州勢との熾烈な競争を繰り広げている。

「鉄道事業には、A地点からB地点に人やモノを安全に輸送する役割があります。安全という投資を行うために、鉄道会社には安定した収入が必要で、ICカードシステムには、その対価としての収入を確実に回収できるようにする重要な側面もあります。モーダルシフトを円滑にするこれらのシステムで、新興国の環境課題と経済発展に同時に寄与していきたいと思います」(大島氏)。

前編・後編の2回にわたって考察してきた、鉄道が導く持続可能な社会。そこで垣間見たのは、鉄道の環境的側面だけでなく、経済の振興やまちづくりにまで広がるポテンシャルの大きさだった。持続可能で豊かな発展に欠かせない鉄道が今後どのように変化していくのか、動向を見守っていきたい。

取材協力:
独立行政法人国際協力機構
株式会社東芝
日本信号株式会社

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.107(2014年10月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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