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特集 水素社会は本当に実現するのか

水素利用のロードマップ

多様なエネルギーの中でも極めてクリーンなエネルギーとして長らく注目されてきた水素。FCV(燃料電池車)や家庭用燃料電池「エネファーム」などの言葉をマスコミで見聞きする機会が増えたこともあり、かつてより水素を身近な存在として認識できるようにはなった。しかし、普及の足取りは依然ゆるやかで、「水素社会」という大きなビジョンが実現するには、今なお解決すべき課題が多い。その課題解決の難しさから、ほんの2〜3年前までは、水素社会の実現は非現実的とする懐疑的な見方が広がっていた。

ところが、近年、状況は急激な変化を見せている。地政学的リスクを抱える化石燃料からの脱却、エネルギー安全保障の確保、再生可能エネルギーの無駄のない利用、新産業創出と、水素社会のもたらすメリットは多い。とりわけ気候変動の脅威が各国の社会経済を脅かし始めた今、普及コストとリスクを天秤にかけてでも水素社会に舵を切った方が得策であると、我が国でも本腰を入れ始めたのである。

その姿勢を示すのが、2014年4月に発表された「エネルギー基本計画」に初めて、水素エネルギーの具体的な利用が明記されたことだ。基本計画では、電気や熱に加え水素が将来の二次エネルギーの中心的役割を担うこと、2015年から商業販売が始まるFCVの導入推進のため、4大都市圏を中心に100カ所の水素ステーションを整備することなどが謳われている。

続く6月には、基本計画を基にした「水素・燃料電池戦略ロードマップ」が公表され、3段階のフェーズで水素社会を目指すシナリオが示された。CO2を排出しない「CO2フリー水素」の利用を最終目標に掲げ、導入しやすい部分から段階的に拡大していくという現実的な青写真だ。

フェーズ1は燃料電池車

フェーズ1では、FCVの普及と水素ステーションなどのインフラ整備を行う。2015年に予定されているFCVの市場投入を皮切りに、東京オリンピックが開催される2020年ごろまでに経済合理的な水素関連技術・製品を実現、2025年にはFCVをはじめとする燃料電池製品の経済的自立を目指す。

連動して業界でも動きが活発化している。トヨタ自動車では、一足早い2014年度中に700万円程度でFCVの販売を開始すると発表。ホンダも、岩谷産業やさいたま市と共同で、ごみ焼却時の余熱を使った廃棄物発電の電力で水から水素を製造・供給する水素ステーションを開発、設置した。主要構成部位を1つにまとめた世界でも初めてのパッケージ型水素ステーションで、設置工事期間と設備面積を大幅に削減できると各方面から注目を集めている。

こうした動きを直接的、間接的に支えてきたのが、2004年に始まった「福岡水素エネルギー戦略会議(Hy-Lifeプロジェクト)」だ。福岡県や九州大学を中心に720を超える企業、大学、支援機関が集い、3つの社会実証を中心に数々のプロジェクトを進めてきた。

最初の社会実証となったのは、1キロワット級の家庭用燃料電池150台を新興住宅地の戸建て住宅に設置する、世界最大の水素利用都市「福岡水素タウン」だ。家庭用燃料電池は、都市ガスやプロパンガスから水素を取り出し、その際に発生する電気と熱を利用して発電や給湯に利用するもので、「エネファーム」の名称で知られている。「福岡水素タウン」で採用した「エネファーム」は、プロパンガスから水素を取り出すタイプだ。

地域内には、連日多くの見学者が訪れるモデルハウス「スマートハウスin福岡水素タウン」もある。このモデルハウスでは、家庭用燃料電池で採用されている「PEFC(固体高分子形燃料電池)」の次のステップとして注目される、発電効率が非常に高い「SOFC(個体酸化物形燃料電池)」を国内で初めて導入。データを集めている。

2つ目の社会実証は、FCVに水素を供給するステーションの整備・運営だ。北九州市と福岡市の2カ所にステーションを設置し、両者間に「水素ハイウェイ」を構築する。それぞれのステーションでは、利用する水素の取得方法が異なる。「北九州水素ステーション」は、市内製鉄所で発生する年間5億m3の副生水素の一部を利用するオフサイト型のステーションである。一方、福岡市の「九州大学水素ステーション」は、水を電気分解して得られる水素を利用。CO2がまったく発生しない次世代型ステーションの確立を目指す。同実証では、ステーションの整備・運用に関わる知見の収集に努めるほか、自由に実験走行できる環境を提供するなどしてFCV普及の一翼を担う。

水素供給の拠点となるステーションの設立は、水素エネルギーを利用する新たなモデルタウンの整備にもつながった。これが3つ目の社会実証となる「北九州水素タウン」だ。「北九州水素ステーション」から約1.2キロメートルの水素パイプラインを敷設し、集合住宅や博物館、ホームセンターなどに設置した14台の定置型燃料電池に副生水素を供給。効率的な水素供給やパイプラインの耐久性などに関するデータを収集し、技術・運用面での課題の洗い出しを行っている。

福岡水素エネルギー戦略会議の事務局を担う、福岡県商工部新産業振興課水素班の黒水拓也氏は、3つの社会実証を次のように説明する。

「社会実証の結果は、関わっている企業にそれぞれフィードバックされ、水素関連製品の研究開発に活かされています。たとえば、FCVに先んじて商業販売されたエネファームは、Hy-Lifeプロジェクトが始まった当初はまだ製品化にはほど遠い状態でした。2009年の発売時には300万円近くしていましたが、最近は性能が向上し、価格も半額程度にまで下がっています。これは、各企業の開発努力はもちろんのこと、社会実証のフィードバックや、同時に行ってきた水素関連の人材育成、新産業育成支援、研究開発、世界最先端の水素情報拠点の構築など、Hy-Lifeプロジェクトとして10年間包括的に支援し続けてきた成果でもあると自負しています。これまでの結果を踏まえ、水素社会実現に向けて今後も引き続きサポートしていくつもりです」。

フェーズ2では安価な水素調達を模索

ロードマップのフェーズ2で目指すのは、水素発電の本格的な導入と大規模な水素供給システムの確立だ。本格的に水素社会を築くには、経済合理性に見合った手法で、大量の水素を入手する必要がある。現在、その手法として有力視されているのが、海外からの水素導入だ。

水素は、宇宙に存在する元素の約70%を占めるほど豊富にある物質だが、単体では自然界にほとんど存在せず、地球上では水や化石燃料、有機化合物などの形で存在する。そこから取り出す方法には、水の電気分解から水素をつくり出す電解法のほか、天然ガスやメタノール、ナフサなどからつくる水蒸気改質法、微生物による有機物の分解を活用したバイオマス転換法など多くの手法があり、地域の資源や特性に合わせた水素の製造が可能だ。

CO2の排出を考慮すると、水素の製造方法として理想的なのは国内で生まれた再生可能エネルギー由来の電気を使った電解法だが、現段階では、低コストで大量に確保できる天然ガスや石炭からの製造が現実的と見られている。各社がしのぎを削り始めているが、このうち、石炭の中でも低品質で使い道のなかった「褐炭」に着目し、ビジネスモデル構築を急ぐのが川崎重工だ。

「褐炭は、石炭と同程度の埋蔵量があるとされ世界に広く分布していますが、水分量が50〜60%と多いうえ、乾燥すると自然発火するという少々扱いづらい資源です。輸送が難しく、採掘地付近で発電に使う程度しか用途がありません。ただ、非常に安価に入手できるため、もっとも経済的な水素製造方法の1つといえます。

我々は、褐炭の埋蔵量が380億トンと非常に多い豪州、中でも日本の総発電量の240年分の褐炭が眠るとされるビクトリア州で、水素の採掘から製造、液化、輸送、そして、国がロードマップのフェーズ3で掲げるCCS(CO2の回収・貯留)までをトータルで行う『CO2フリー水素チェーン』を、現地政府と一緒に推進しているところです」(川崎重工技術開発本部水素プロジェクト部長 西村元彦氏)。

水素4割でCO2を8割削減

西村氏によれば、プロジェクトの試算ではじき出した水素コストは29.8円/Nm3(CIF:船上引き渡し価格)。国内では、現在、半導体ウェハーや太陽電池シリコン、光ファイバー、液晶・プラズマディスプレイなどの製造に水素が使われており、販売量は年間約1.4億m3、石油化学プラントや製鉄所での自家消費分を合算すると180億m3ほどの水素市場があるとされているが、29.8円/Nm3という数字は、現在流通しているこれら水素の単価の4分の1程度だという。

「29.8円/Nm3の内訳としては、褐炭燃料の採掘とCO2の回収・貯留にかかる5.2円/Nm3は豪州で消費するお金ですが、残りの水素製造、パイプライン敷設、水素液化、積荷基地、水素輸送船などの設備費等は日本に落ちるお金です。従来のエネルギー資源の輸入と比べても、リターンの大きなバリューチェーンが築けるビジネスだと考えています」。

世界では今、2050年までに全体のCO2の排出量を1990年比50%削減、先進国は80%削減という目標を掲げている。エネルギー総合工学研究所主催の「CO2フリー水素チェーン実現に向けた構想研究会」が2010年に実施したシミュレーションでは、2050年時点で全体のエネルギー供給量の4割まで水素の比率を増やすことができれば、最も国民経済負担が少ない状態でCO2の80%削減という目標を達成できるとしている。国内エネルギー事情が変化した東日本大震災以降も、RITE(地球環境産業技術研究機構)やその他の機関が行ったシミュレーションで似たような結果が導き出されており、業界では25〜45円/Nm3が水素コストの1つのターゲットになっているようだ。

2020年に水素パイロットチェーン

水素の安価な調達が確保できたとして、次にクリアしなければならないのは、水素社会実現の大きな壁だった輸送・貯蔵技術の確立だ。

水素の輸送・貯蔵に関しては、気体状態の800分の1にまで体積を小さくできる液化水素にする方法が主流だが、それにはマイナス253℃という超低温を保つ必要があり、断熱をいかに高めて気化による損失・拡散を防ぐかが課題となる。ロケット燃料用の輸送や液化水素タンクで技術と実績のある川崎重工は、断熱性と経済性を両立した技術の確立にめどを付け、事業化に向けて取り組みを進めている。

「まずは、液化水素2,500m3の輸送が可能な小型液化水素運搬船を開発し、最終目標の80分の1程度の小さな水素パイロットチェーンを展開します。実現できるのは、早くとも2020年の東京オリンピックのころになりそうです」(西村氏)。

実現すれば、水素の船舶運搬は世界でも初めてのケースとなる。同社ではすでに日本海事協会の基本認証も取得し、豪州当局と国土交通省間で運航に向けた基本合意も取り付け準備を進めている。

常温・常圧での水素輸送が可能に

一方、既存のケミカルタンカー(化学品を運ぶ専用船)や貯蔵タンクをそのまま水素の輸送・貯蔵に流用する技術を開発したのが、千代田化工建設だ。同社の方法では、水素の液体化に、塗料や接着剤の溶剤などに広く使われているトルエンを用いる。水素チェーン事業推進ユニット水素事業推進セクションでセクションリーダーを務める白崎智彦氏は、この技術は水素化技術と脱水素技術の2つで成り立つといい、「核は脱水素技術」と明かす。

「トルエンは、主に石油精製の過程で生産されます。そのトルエンに水素を結合することで、水素は気体時の500分の1の体積の液体に縮小します。できた液体は修正インクなどに使われているメチルシクロヘキサン(MCH)です。MCHは常温・常圧の液体として扱うことができるのでハンドリングしやすく、従来のタンカーやタンクをそのまま使える点が最大のメリットです。

水素化技術は少し前から存在していましたが、問題は脱水素技術でした。多くの科学者や研究機関が試みてきたものの、MCHから水素に戻す工業的な方法を見いだせずにいたのです。

可能にしたのは、酸化アルミニウムのアルミナに、ナノレベルまで小さくした白金の粒子を均一に付着させた触媒で、我々はこれをSPERA(スペラ)触媒と名づけました。このSPERA触媒にMCHを通して加熱すると、水素とトルエンに戻ります」。

トルエンとSPERA触媒は繰り返し使用できる。寿命は、トルエンに関してはほぼ劣化がないとされる。SPERA触媒の寿命は1年以上あることが確認されており、十分商業化できるレベルだという。

「10年以上前の開発当初は、水素の具体的な需要も少なく、水素社会はずいぶん先の話でした。しかし現在は、産業用の大きな市場も認識でき、安価な水素を確保できればビジネスになります。さらに大きな需要が見込めれば、スケールメリットでさらに価格を下げることも可能です。その実現のために重要な市場は水素発電です」。

同社は現在、川崎市と共同で、水素エネルギーを活用した「国家戦略特区構想」を内閣府に提案している。川崎臨海部に水素供給網を築くと同時に、市や臨海部の企業と連携し、水素発電所の建設を計画中だ。2020年の東京オリンピックでは、選手村への電力供給を水素発電で賄い、自社や日本の技術を世界に知らしめたいという思いもある。

千代田化工建設は当面、化石燃料からの取り出しや、海外の大型プラントで発生する副生水素の輸入に水素調達を頼ることになる。しかし、最終的には「再生可能エネルギーを起源とした水素サプライチェーンを築くことが究極の目標になる」と白崎氏は言う。

「残念ながら、日本では、再生可能エネルギーが増えたとしても100%エネルギーを自給することは難しいと感じています。世界中に等しくあるといわれる自然エネルギーも偏在しているのが現実で、化石燃料の採れる産油国は太陽光も風力も豊富であったりします。産油国自体も化石燃料の次の資源として再生可能エネルギーに期待し始めていますから、日本の再生可能エネルギーを補う意味で、産油国での余剰分を水素の形でためて、再生可能エネルギー由来の水素を今から少量入れ、その比率を少しずつ増やしていくのが現実的なアプローチではないかと考えています」。

水素社会をめぐる競争はすでに始まっている

再生可能エネルギーで発電した電気を水素として蓄え、天然ガスとの混焼や再発電、燃料電池に利用する方法の確立に向け、各国でさまざまなアプローチが試みられている。中でも「Power to Gas」というコンセプトで注目を集めている国が、ドイツだ。

再生可能エネルギーへの転換を目指すドイツでは、風況のよい北部に風力発電が、日照条件のよい南部に太陽光発電が集中し、北部での電力供給量が南のそれより圧倒的に多い状態にある。しかし、実際に電力需要が大きいのは産業が集積する南部であり、南北をつなぐ高圧送電線が圧倒的に不足していることから、余った北部の電力が系統に接続されず年間250ギガワット時も捨てられている。このため、北部の余剰電力を水素に変換・貯蔵し、これを都市ガス導管に混入することで、水素の有効利用を図る「Power to Gas」(電力をガスに変換するという意)という方法が模索されてきた。 ドイツ政府は、国内に15カ所あるFCV用水素ステーションを2030年までに1,000カ所に拡大する方針を掲げるなど、水素社会の実現に向けて積極的に国が音頭をとっている。現場では、ドイツ大手電力会社のE.ONや自動車メーカーAudiなどが参画するパイロットプロジェクトが進行中だ。その中には、1時間当たり数百Nm3の水素製造を行い都市ガスに混入する、規模の大きなプロジェクトもあるという。

国や地域により、最適なエネルギーは必ずしも同じではない。エネルギーレジリエンス(災害時などのエネルギーの回復)の面からも、多様なエネルギー源を確保しておくことは重要だ。しかし一方で、大量のエネルギーを一度に供給できる体制も現代社会では不可欠といえる。製造、供給、利用のすべてにおいて多様な方法があり、小ロットにも大ロットにも対応できる水素はまさに夢のエネルギーだ。技術、素材、数字的裏づけといった役者が揃い、利用のハードルが一気に下がった今、水素社会の実現はもはや絵に描いた餅ではなくなった。

国内のみならず、グローバルを視野に入れた競争が早くも始まろうとしている。どの国のどのプロジェクトがいち早くゴールに到達するのか、その動向から目が離せない。

取材協力:
福岡県商工部新産業振興課、川崎重工業株式会社、千代田化工建設株式会社

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.108(2014年11月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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