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特集 "流域"を意識した水との新しい付き合い方

より深刻化する水災害は流域思考でなければ解決し得ない

生命が誕生して以来、密接な関係にある水。人類の文明もやはり治水や利水といった水との歴史を抜きには語れない。しかし、知恵や技術を使って上手につき合ってきた水との関係が、昨今、地球環境の急激な変化でにわかにバランスを崩し始めている。相次ぐ土砂災害、モンスーンの大型化、大規模洪水など、その影響例は枚挙にいとまがない。

事実、2013年9月発表の「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書」では、「ほとんどの地域で極端な高温が増加することがほぼ確実で、中緯度陸地などで極端な降水が頻発する可能性が非常に高い」と予測している。すでに、気象庁の「気候変動監視レポート2013」によると、全国51地点の観測所の日降水量、アメダス地点での1時間降水量、日降水量のいずれの統計も、大雨の発生回数が過去38年にわたり増加傾向にあることを示している。伊豆大島や広島市での大規模土砂災害など、甚大な被害を引き起こした水災害も記憶に新しい。数年前まで経験のなかった局地的集中豪雨の頻発に不安を感じる人も多いだろう。

これらの要因は、地球温暖化を筆頭に、市街地の拡大、森林・農地の減少など複数にまたがっていることから、今まさに、地域の自然環境を含めた水との付き合い方全体を見直すべき、過渡期にあるといえる。その過渡期にある現在、日本で注目されているのが、地域を身近な水系で捉える"流域"という概念だ。行政、民間企業、NPOなどの市民団体が一体となり、流域単位で活動を行う新たな水との付き合い方が広がっている。

私たちが普段拠りどころとしているのは、都道府県や市町村、番地など行政単位で区切られた地図だ。しかし、こと自然との共生、とりわけ水災害という視点で見れば、この地図は意味をなさないことに気づく。なぜなら、水災害は流域で起きているからだ。

流域アプローチに基づく都市再生論を長年提唱し続けてきた、慶應義塾大学名誉教授で『「流域地図」の作り方』(筑摩書房)の著者でもある岸由二氏は、現在の地図がもたらす弊害を次のように語る。

「2011年9月、台風15号による洪水が名古屋市を襲いましたが、あれは名古屋市の上空から雨が降り注いで起きたものではありません。名古屋市は庄内川流域の下流に位置しており、このときの雨は庄内川上流の岐阜県を含めた流域に降ったものです。県境など関係なく、自然地形に沿って名古屋市に達し、街を水没させかけたわけです。つまり、岐阜県から愛知県にかけての"庄内川流域"というつながりで洪水対策を検討しなければ、災害への対応はできないのです。しかし、現状、豪雨災害を回避する計画図やハザードマップは、行政区分地図をベースにした行政境界ごとに示されることが一般的です。これを改めなければ、水害対策はもちろん、生物多様性などの環境保全に関しても効果は期待できないと考えています」。

経済発展のはざまで消えた普遍的指標の流域

ここで、"流域"という考え方をあらためて整理してみたい。世界の大地は、氷の大地、砂の大地、そして雨が降る大地の3つに分類されると、岸氏は言う。人類を含む生き物の大半は雨の降る大地で暮らしているが、そこでは例外なく、雨による浸食、運搬、堆積が繰り返され、でこぼこの地形を形成する。それをつぶさに見てみると、山や丘などの分水界を基準に、源流、上流、支流、中流、下流、河口域という一連のまとまりが鱗のように大地を覆っていることがわかる。この大小さまざまな鱗1つひとつを流域と呼ぶのである。

流域の概念は、ほんの30年前まで我々の暮らしの中に存在していた。江戸時代までさかのぼれば、都市を含めた社会は見事なまでの水系社会が形成されており、水系を単位とした地域に約300の諸藩が形成されていた。今でいう"里山"は、それをさらに小さく、課税しやすい単位に分けたまとまりにすぎない。その後、水系社会は戦前まで続いたが、近年、森林開拓による宅地化や生産調整(減反)による田園の消失など、経済発展を背景にした開拓とともに薄れ、現在に至っている。

「近代まで、欧米を中心とした地域には、瀉血(しゃけつ)という医学手法がありました。人の体の健全は数種の液体に左右され、病気など体に不調が表れたときはその一部を抜いて改善させるという医療です。今では誰でも知っている"人の体は細胞でできている"という当たり前のことが、当時は認められていなかったわけです。流域にもそれと同じ問題を感じます。行政地図での対応という瀉血を信じるあまり、流域という細胞が見えなくなっている。大地も人間の体と同じ。"水害対策は流域という細胞で行うことが常識"という世の中が、いずれやってくるでしょう」(岸氏)。

暴れ川で知られる「鶴見川」再生の鍵は流域環境全体の見直し

流域思考に基づいて、まるごと一本の川で自然共生型の都市再生を成功させた国内唯一の例がある。神奈川県東部を流れる鶴見川だ。鶴見川は、恩田川、矢上川、早淵川などを支流に持つ一級河川で、東京都町田市、稲城市、神奈川県横浜市(青葉、緑、都筑、港北、鶴見、神奈川の6区)、川崎市(麻生、宮前、高津、中原、幸の5区)という多くの行政区にまたがっている。

自治体ごとに河川の管理条件が異なる状況下、地域を越えた流域対策を施すことは極めて難しく、鶴見川も近年まで、大雨のたびに大洪水・大氾濫を繰り返す暴れ川として知られていた。その流域では、1958年には10%だった市街地率が1975年には60%、2000年には85%にまで拡大。緑地や田園を開拓して宅地がつくられた。大洪水・大氾濫は、大雨の際に雨水を地中に浸透させたり、一時的に貯留したりする保水・遊水機能が失われた結果引き起こされる災害である。1958年の狩野川台風では、鶴見川各所が決壊し、床上浸水1万6,991戸、床下浸水4万8,766戸という大被害が記録されている。

そんな鶴見川の河口付近で育ち、環境変化とそれに伴う被害を目の当たりにしてきた岸氏は、鶴見川の自然環境や災害を流域思考で解決しようと、同志たちと鶴見川流域ネットワーキング(TRネット)を創設。約20年の月日をかけて行政間の調整を行い流域環境の再生に取り組んできた。

「河川敷のクリーンアップに始まり、学習支援、生態調査などの活動を行ってきました。上流の小学校では、3年生のときにドングリを植えて苗木づくりを行い、卒業時には外来植物だらけになってしまった源流に木を移植して、保水力のある森を再生させる取り組みを続けています。成長した木は、直径15センチメートル程度になったところで継続的に間伐して管理する第二期に入ります。こうした取り組みは今後、各流域の源流単位、支流単位で行っていくべきことと思っています」(岸氏)。

地道な取り組みが実を結び、現在、鶴見川では洪水が激減。昔ながらの流域景観と生態系がよみがえっている。

第二の鶴見川を企業が支援 AQUA SOCIAL FES!!

トヨタのハイブリッドカー「AQUA」の生産拠点がある岩手県の北上川流域では、一般社団法人いわて流域ネットワーキングが、鶴見川と同様、流域を視野に入れて植林や自然観察、生き物調査などの取り組みを支援している。着目すべきは、そこにトヨタという企業が関わっている点だ。

トヨタでは3年前から「AQUA SOCIAL FES!!」という、社会貢献型プロモーション活動を展開。全国47都道府県でNPOや市民団体とともに活動している。中でも流域を意識して強く連携を進めているのが、先の鶴見川と北上川の流域だ。

岸氏とともにAQUA SOCIAL FES!! のアドバイザーを務め、鶴見川と北上川の流域再生プロジェクトをサポートする一般社団法人Think the Earth理事の上田壮一氏は、「行政には難しいことでも企業ならできることがあります。実は企業とNPOはとても相性がよく、それを流域再生に置き換えると可能性が無限に広がります」と話す。

鶴見川中流の綱島付近では、アレチウリという外来のツル植物が繁殖し、在来植物を駆逐。昔ながらの湿地風景が失われていた。そのアレチウリを取り除き続けたところ、数年で湿地に群生するイネ科のオギが復活し、オオヨシキリという鳥も戻ってきた。

「活動の最中、シンボルツリーのヤナギの木にとまって仰々しく鳴くオオヨシキリが、その鳴き声に"ここはいいところだよ"という想いを込めて雌を呼んでいると知ったときは、参加者みんなで喜びました。やれば確実に自然環境は戻ってくると実感した瞬間でした。

環境問題において車はセンシティブな存在です。若者の車離れが著しい中、メーカーが社会貢献を内包した参加型プロモーションを続ける意味は大きいと感じます。商品のプロモーションやイベントでは、企業の人間は黒子に徹することが多いものですが、AQUA SOCIAL FES!!では、販売店の社員が前面に出て顔の見える活動になっており、好意的な企業イメージをもってもらいやすいと思います。

気候風土や地形に左右される生物多様性の問題は地域の課題そのものです。企業が、地域の人たちと一緒に解決する姿は新しく、それらを大切にした商品を謳う本業の取り組みに落とし込みやすいのではないでしょうか。"CSR(企業の社会的責任)"という言葉はアメリカから入ってきたものですが、近江商人の"三方よし"にあるように、この概念はもともと日本にあった哲学です。流域再生に関しても、企業にできることは多いのではないでしょうか」(上田氏)。

目に見えない流域「地下水」の再生が地方特有の課題をも解決

目に見える河川のほか、地中を流れる地下水にも流域思考は当てはまる。特に、大きな山がある地域は湧水が豊富で、その澄んだ水を用いて日常生活や農業を営んできた地方は多い。しかし、流域の機能崩壊と同様、地下水系の流れも経済成長とともに狂い始め、枯渇や汚染が自然環境と水系文化を低下させつつある。その例の1つが、静岡県三島市に広がる地下水系である。

三島市はその昔、富士山からの湧水が清流となり街中を流れる「水の都」として知られていた。各家庭の井戸に自噴する水は生活飲料として活用され、周辺の池や川の澄んだ水は、下流に広がる約300ヘクタールの農地を潤していた。

1961年。その豊かな水が一気に消失し、地域が騒然となる。原因は、豊富な地下水を求め進出してきた企業による、大量の地下水汲み上げだった。その30年ほど前まで、富士山水系では1日180万トンの水が湧き、三島市だけでも1日40万〜60万トンの湧水があったとされる。しかし、進出した企業は1社当たり1日10万〜17万トンもの地下水を使用した。それと同時に市内人口も倍近くに増し、宅地化が上流域にあった約900ヘクタールの田んぼを約200ヘクタールにまで激減させたことも要因の1つだった。

水量が激減した湧水は川を細らせ、流れ込んだ雑排水も手伝って、水の都をヘドロと油で悪臭を放つ川の街へ変貌させていった。

上流、中流、下流を意識し企業、市民、行政が責任を等分

そんな状況に一石を投じたのが、特定非営利活動法人グラウンドワーク三島だった。専務理事および事務局長を務める渡辺豊博氏は、取り組みを始めた当時を次のように振り返る。

「三島の地下水問題は、誰か一人の責任ではありません。企業も市民も行政も、みんなが悪い。市民団体と企業との対立が激しくなる中、当事者全員を巻き込む仕組みはないかと模索する中で知ったのが、イギリス発祥のグラウンドワークという活動でした。

グラウンドワークは、企業、市民、行政がそれぞれ3分の1ずつ責任を負って課題解決することを基本理念とします。その三者で、森や川を守る、環境教育を行うなどの活動をするほか、街中再生、農業再生、コミュニティ・ビジネスといった面的な事業を展開します。我々は、これまでに市内約60カ所、100以上のプロジェクトを手掛け、20以上の市民団体、150人の個人サポーター、4,000人超の地域ボランティア、200社の企業、三島市がそれらに関わってきました。金銭的サポートだけでなく、それぞれが専門知識や持てる資材などを提供して成り立ってきた点が、長続きのコツかもしれません」。

60カ所に及ぶ地下水環境を改善してきた結果、ゲンジボタル、ホトケドジョウ、三島梅花藻などの希少種が再生・復活し、川で遊ぶ子どもたちの声が戻り、企業や行政の態度を軟化させた。進出企業大手の東レは、3年をかけて自社工場から水源上流の小浜池(三島市立公園楽寿園内)まで地下パイプを設置。使用済みの冷却水を適切な水温に戻し、1時間当たり最大1,200トン供給する仕組みを用意した。地元中小企業は、町内の公園や水神を祀る祠を自費で修繕・管理。地域との円滑なコミュニケーションづくりにも役立っている。グラウンドワーク三島には、三島市や静岡県、国など行政から億単位の委託事業が舞い込むようになった。

「時間はかかりましたが、流域という単位で自然再生をすることで、地域全体が活性化してきたと感じています。約4割が空き店舗になっていた商店街も、今や空き待ちが続くほどの人気スポットになりました。人だけではなく、動植物の賦存量も復活しています。新幹線を降りて徒歩10分でホタルが乱舞する景色が見られるなんて、ほかにはないでしょう。

私たちは流域の中で暮らしています。三島市内では、上流の人が下流の人を思い、下流の人が上流の人に感謝しています。三島市は富士山水系でいえば下流です。上流の人たちに感謝しなければなりませんね。常にそのことを意識していれば、流域は元気であり続けます」(渡辺氏)。

「企業から地域に派生した土地の特性を活かす地下水涵養

地下水系の保全活動では、企業単体のチャレンジから地域へ広がった例もある。熊本県菊池郡で半導体の設計・開発・製造を営むソニーセミコンダクタ株式会社の活動がそれだ。もともと熊本市周辺地域は水道水をすべて地下水で賄うほど地下水が豊富な場所で、地下水涵養量は約6.4億立方メートル、その3分の1が水田からの涵養といわれている。

半導体製造で年間約200万トンの地下水を汲み上げる同社では、進出直後の2002年に、環境への取り組みとして、地下水を涵養するプロジェクトを発足させた。コンセプトは「使った水は、きちんと返す」。汲み上げて使用した地下水と同量以上の水を、周辺農家の田んぼを借りて地下に涵養することで、11年間に約2,018万トンの水を地下に返してきた。

「弊社のある白川中流域は、地下に岩盤層があり、地下水プールの役割を果たしています。加えて、"黒ぼく"と呼ばれる、水が浸透しやすい火山灰が堆積している、地下水涵養の適地です。この地域の田んぼは"ざる田"と呼ばれるほど水の浸透が早く、 涵養機能は他地域に比べて5〜10倍もあるそうです。その特性を活かして、転作田の作付け前後の1〜3カ月間、白川から水を引いて地下に浸透させています。減水深や浸透量などの算出は地元大学の先生方にご協力いただいているほか、転作田をお借りするため毎年50軒ほどの農家さんにお手伝いいただいています。

このプロジェクトをきっかけに、涵養田の田植えイベント、稲刈りイベント、ソニー夏祭りへの招待、工場環境見学会など、地元の方々との交流も密になっています。地元あっての企業ですから、こうした形で交流を深められたことは財産です」。

そう語る同社熊本総務部総括部長の林眞嗣氏は、12年目に入ったプロジェクトを、さらに社員の意識に深く浸透させる1つの策として、協力農家を支援する取り組みもスタートさせた。

「白川中流域で地下水涵養にご協力いただいている農家さんのお米を"エコ米"と銘打って社内で予約販売しています。4年間で1.6トンのお米を購入したので、お米1キログラムが26トンの地下水涵養になるという計算によると、約4万トンの水を涵養できたことになります。さらに支援を進めるため、2012年から社内で月1回、白川中流域の農産物の販売も始めました。新鮮で安心な野菜が手に入ると社員に好評です」(林氏)。

この地下水涵養の取り組みは、地元企業や大学にも伝播している。熊本学園大学では、学生食堂で1年間に使用する約15トンの米を生産する水田があれば、約37万5,000トンの水を涵養できると算出。地下水涵養米を購入し、地下水を守る取り組みを支援している。熊本市も、涵養サイクルの早い白川流域を地下水涵養量増進の主たる地域と認定し、行政、市民、企業が一体となって広域連携に取り組んでいる。

流域という単位で暮らしや企業活動を見直すことは、決して新しい取り組みではない。自然とともに暮らしてきた人類にとって当たり前の知恵だったはずだ。そこから離れてしまった現代の私たちは、その重要性に気づき、再び流域思考へ戻っていくことになるのかもしれない。そのとき、流域再生がもたらすものの大きさを知るはずだ。流域思考が古くて新しい指標になる日も、そう遠い未来の話ではないだろう。

取材協力:
特定非営利活動法人鶴見川流域ネットワーキング、一般社団法人Think the Earth、特定非営利活動法人グラウンドワーク三島、ソニーセミコンダクタ株式会社(紹介順)

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.109(2015年2月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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