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特集 世界の気候変動適応ビジネスを展望する

気候変動対策に不可欠な両輪 "緩和"と"適応"

世界各国で異常気象が頻発する中、暮らしに直結するインフラや作物栽培への影響が目立ち始めた。

「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2014年に発表した第5次評価報告書では、「ここ数十年で、すべての大陸と海洋において、気候の変化が自然および人間システムに影響を引き起こしている」と明記された。具体的には、21世紀末までに世界平均気温は0.36〜4.8℃上昇、世界平均海面水位は0.26〜0.82m上昇する可能性が高いと予測し、それに伴い、ほとんどの地域で極端な高温の発生が増加することはほぼ確実。加えて、熱波や極端な降水の頻発、長期化が起きるとしている。

こうした問題の解決策として、地球温暖化を抑制する"緩和策"と並んで議論されているのが"適応策"だ。気候変動対策には、CO2などの温室効果ガスの排出がこれ以上進まないよう抑制する"緩和策"と、緩和策が効果を表す前に出現するさまざまな事象に対応する"適応策"があり、両者がうまく機能してこそ温暖化の影響を最小限に抑えられるとしている。

緩和策については、これまで先進国間で議論されてきたが、適応策については各国ともにまだ模索している段階だ。適応策が求められるリスクには、具体的にどのようなものがあるのだろうか。IPCCが考える主要な気候変動リスクは次の8つだ。@沿岸低地や小島嶼国で高潮、洪水、海面上昇が生命・健康・生活に被害を与えるリスク、A大都市部で洪水が健康や生活に被害を与えるリスク、B異常気象によるインフラ機能停止などのリスク、C熱波による脆弱な都市住民や屋外労働者の死亡・健康被害リスク、D気温上昇、干ばつなどが食料安全保障を脅かすリスク、E水資源不足と農業生産減少による農村部の生計・所得損失のリスク、F沿岸部の生計を支える海洋生態系の損失リスク、G陸地および内水における生態系サービスの損失リスク。

こうしたリスクに対し2014年にアメリカで発表された「Risky Business: The Economic Risks of Climate Change in the United States」では、今後15年のうちに受ける高潮等の被害額は年間20億ドル増の35億ドルになり、沿岸地域が受ける被害総額は年間350億ドルに達すると予測。中長期では、2050年までに660億〜1,060億ドルに相当する不動産が海面下に沈み、被害総額は2,380億〜5,070億ドルになるとしている。熱波の影響についても、人の健康への深刻な被害のほか、南東部やグレートプレーンズ南部、中西部で、トウモロコシや大豆、綿、小麦などの収量が50〜70%落ち込む可能性に触れている。健康、生命、そして経済の面からも、早急な適応策が求められていることがわかる。

途上国から先進国へ、世界に広がる適応への取り組み

緩和策と適応策については、温室効果ガスの約7割を排出している世界20カ国程度の先進国が緩和策を、災害に脆弱で気候変動の影響を受けやすい途上国が適応策を求めるという構図ができつつあったが、茨城大学学長で、地球変動適応科学研究機関の長としてIPCCなどの国際的な業務にも携わる三村信男氏によると、「昨今、そのバランスが変化している」という。

「適応策への取り組みを具体的に進める国が先進国で目立つようになってきました。なぜなら、熱波による死者が出たり、高潮による災害が起きたりという気候変動の影響が先進国の都市部で頻発し、非常に大きなインパクトを与えているからです。

これに対し、イギリスでは、21世紀の初めに気候エネルギー省を創設し、環境問題やエネルギー問題への統合的なアプローチを始めました。適応策については、気候変動の状態や科学的な検証の変化に合わせて、5年おきに基準を見直す枠組みが用意されました。その第1回の影響評価を2012年に、適応計画を2013年に発表しています」。

他国でも、それぞれ政府レベルでの施策が検討されている。イギリスを統合型とするなら、アメリカはコーディネート型だ。ホワイトハウスの中にタスクフォースをつくり、その下に位置する各省庁が水資源、生態系などそれぞれの分野でどのように取り組むかを持ち寄って協議を進めている。

EUでも加盟国十数カ国が適応イニシアチブを策定。これは2007年にEU委員会が、気候変動問題に適応の観点を組み込むよう指示を出したことを受けて設けられたもので、早い段階から適応を意識していたことがわかる。実際2009年には、2013年から具体的な適応策を実施することを盛り込んだ「適応白書」を公表し、対策が始まっている。

アジアでは、近隣の韓国や中国でも適応策を講じているほか、途上国間でも、自国の脆弱性と適応について分析した報告書をすでに数十カ国が「気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)」へ提出済みだ。

地域の課題解決で見えてきた国の限界

こうした国レベルでの適応策は、具体性に欠けるという課題がある。なぜなら、国際レベルでの取り組みが必要な"緩和策"に比べ、"適応策"は地域ごとに解決すべき課題が異なるため、包括的な指針にとどまってしまうからだ。新興国への企業進出支援やBOP市場の分析を行う野村総合研究所の小池純司氏は、地方自治体レベルの対策こそが最も効果的だと断言する。

「適応策が必要な場所は、地域によって課題が大きく異なります。たとえば、沿岸部では高潮が問題となる一方、都市部ではヒートアイランドによる熱波や洪水が深刻です。農業生産が盛んな地域ではまた違った問題が発生するでしょう。個々に違う課題に対してイニシアチブをとれるのはやはり地方自治体です。具体的な対策も世界各地で進んでいます」。

たとえば、ハドソン川の海面上昇による浸水リスクを抱えているニューヨーク市では、「洪水緩和タスクフォース」を立ち上げ、川の氾濫に脆弱な地域を特定。その周辺に集中して、すでに86万5,000本の街路樹の植樹を実施している。また、発電施設付近の桟橋を4フィートの海面上昇に耐えられるものに改修したり、上下水道システムを守るため主要施設の設置高さを洪水水位以上にかさ上げするなどの計画も進んでいる。

ヒートアイランド現象で、夏の夜の気温が周辺の緑地帯より平均して10℃ほど高いロンドンでは、2003年に600人の死者を記録するなど熱波が深刻だ。今後も熱波をはじめ、干ばつや洪水のリスクがますます高まるとの予測を受けて「都市ヒートアイランド行動地区」を設置。気候変動に順応性の高い樹種データベースの作成、緑化対策が有効な地域を割り出すパイロット事業などと同時に、高反射・低放射の素材を使った建築物や屋上緑化を進めるなど、新たな開発に際しては市内の冷却に貢献することを義務づけている。

熱波に関しては、即効性のある適応策として有力視されているのが警報システムだ。熱波の発生をあらかじめ予想し市民に伝達するという単純な手法ながら、効果は大きい。ロンドン同様に熱波に苦しむフランス各地でも2003年には1万4,800人が熱波により死亡しているが、熱波警報システムの強化でその後は被害が軽減しているという。

警報システムを活用した例は各国・各地域にあるが、気候変動による少雨化が進行し森林火災が問題になっているオーストラリアでは、早期警報システムを充実させ森林火災への注意喚起を行うとともに、不燃性が高い建材の利用促進など、州政府と連邦政府が連携して適応策を進めているところだ。また、干ばつが深刻な西オーストラリア州は2005年、「多様性による安全保障」を中心戦略とした「水資源開発計画2005-2050」を策定し、水資源オプションの多様化を図っている。海水を淡水化するプラントや、下水処理水をリサイクル利用するプラントの設置など具体的な適応策を2015年までに提言する予定だ。

近年、渇水被害が顕在化しているカナダでも、温暖化による水供給システムへの影響を懸念して、人口増加による水不足に陥る可能性が高いブリティッシュコロンビア州のオカナガン川流域を対象に研究を始めた。考えられる水資源関連の影響として、作物生育期間の延伸、農業用水需要の増加、季節的な水不足や欠乏、水質低下、魚類生息環境の悪化、水使用に伴う紛争の増加などを挙げており、その適応策として地方自治体や国が主導する対策を中心に、かなり細かな対策例が示されている。水資源量の正確な計量といった現状把握から始まり、法制度の新設、開発や人口の制限、水ライセンスを発行しての水使用の優先順位づけなど、強制力のある内容を目指している。

もっと踏み込んだ例が居住区の移転で、実際、沿岸部の浸食が著しいアラスカ先住民の31の村のうち12の村で、適応の限界を超えたとして部分移転や完全移転が始まっている。

リスク回避から新規開拓まで幅の広い適応ビジネス

各地域で進む適応策をビジネスチャンスと捉え、民間企業が事業化と社会的な課題解決の両方を実現する例も出てきた。

野村総合研究所の小池氏は、気候変動に対する適応ビジネスが企業にもたらすメリットを3つ挙げる。1つ目は、自社のサプライチェーンを強化することによって経営リスクを低減すること、2つ目は、自社のサプライチェーンを強化することによって競争優位を築けること、3つ目は、新たな顧客の獲得により新市場を開拓できることだ。

1つ目の例としては、アメリカの製菓メーカーのマースが実施する、カカオ豆のサプライチェーンに関するプログラム「Sustainable Tree Crops Program」がある。

「マースは1990年代半ば、ブラジル北東部にあるカカオ豆農園が気候変動の被害に遭い、チョコレートの生産量が4分の1にまで急減するという経験をしました。そこで、1998年ごろから安定供給のためにカカオ豆農園を世界中に分散させると同時に、生産に適した生態系の改善や適切な栽培方法を学ぶ研修機会を設けています。さらに、小規模なカカオ豆農家の生活水準の向上を目指す包括的な取り組みを行うことで、経営リスクを下げる試みを行っています。

2つ目の例としては、さらに一歩踏み込んで、新たな付加価値を創出したエジプトの大手有機食品会社セケムがあります。同社は、有機農法の一種"バイオダイナミック農法"で収穫した作物を国内外に販売していますが、この農法自体が適応ビジネスであり、他の農法と差別化を図った点で競争優位を築いているといえます。なぜなら、バイオダイナミック農法は土壌を保護すると同時に保水容量も高め、水の消費量を減らすことができるからです。また、有機作物は食べる人間の免疫力向上も期待できるので、気候変動が要因の感染症などから身を守ることにもつながります。アジアではすでに有機野菜の需要が高まっており、セケムの取り組みは適応策であるばかりか、付加価値の高い製品づくりの好例ともなっています」(小池氏)。

適応ビジネスの3つ目のメリットとして挙げた新規顧客の獲得については、インドの大手灌漑システムメーカー、ジェイン・イリゲーション・システムズが農業従事者に提供する「マイクロ点滴灌漑システム」が好例だ。これは少量の水を効率的に圃場に散水することで、一定の収穫量が得られるというシステムだ。同社はこのシステムにより、気候変動による降雨量減少で農作物の育成が困難になった地域を、新規市場として開拓することに成功した。

リスク回避から新規開拓まで幅の広い適応ビジネス

気候変動適応ビジネスに民間企業が参入するに当たって小池氏が有力視しているのが、「農林水産業」「水」「森林」「健康」「エネルギー」「防災」「教育」の7分野だ。各分野で考えられる適応策は「作物の収量の確保・増収」「環境負荷の低い農業の推進」「水不足への対応」「砂漠化への対応と防止」「気候変動に伴う感染症の拡大防止・治療」「再生可能エネルギーへのアクセス向上」「洪水や干ばつなど自然災害に強い社会の構築」などだが、こうした分野で急成長している海外企業に共通するのは、新たに適応ビジネスのモデルを構築するのではなく既存のビジネスを適応策に応用している点だと指摘する。

「UNFCCCが作成した、適応ビジネスの事例を集めたデータベース『Private Sector Initiative(PSI)』には、現在100社ほどが登録していますが、大半は既存ビジネスをそのまま適応ビジネスとうたっているところばかりです。残念ながら、日本企業はそのうち2社のみ。決して日本企業に適応ビジネスができないということではなく、従来得意としてきたプロダクトでの勝負から変革できずにいるだけだと思います。プロダクトの提供を含め、現地の課題を解決するという視点に立つことができれば、日本企業にも十分商機はあります」。

適応ビジネスの鍵はプロダクトからソリューションへ

また、見方を変えればBOPビジネスもそのまま適応ビジネスと見なすことが可能だ。その際、最も有力で、適応自体にも貢献できるのは"予測ビジネス"だと、先の茨城大学学長三村氏は言う。

「途上国は先進国のような経済力も技術力もありません。しかし、適応策をとるに当たって予測は不可欠。予測の計測には、スーパーコンピューターといった物理的な要素のほかに、高度な知識と技術を持った人材が必要です。その部分を先進国が補う形のビジネスモデルが今後は求められると思います。

たとえば、日本では、温暖化影響・適応研究プロジェクトチームが2014年3月に発表した『温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究 2014報告書』のようなものがそれに当たります。この報告書は、温暖化の影響が1キロメートル四方でどのように表れるかを予測したもので、対象は水資源から沿岸・防災、自然植生、農業・食料生産、健康影響、感染症など多岐にわたっていますが、細かく予測することによって、たとえば農業であれば、短期的には水稲、果樹、高原野菜へ影響が出ること、中長期的に米の収量が増加しリンゴの生息適地が北に移動することなどが初めて予測でき、それをもとに品種改良を行ったり栽培地を整備したりという適応策をとることができるわけです。

このシステムを使えば、途上国の各地域で予測を割り出し、計測・予測ができる人材を育成し、その国や地域の基礎力を上げることに貢献できます。

適応ビジネスはまだ手探りの段階です。とはいえ、迫り来る変化は待ってくれませんから、うまくビジネスチャンスにつなげて途上国の発展に貢献していければいいと期待しています」。

"適応策"は、予測できる悪影響に対処する、いわば"受け身"の対策と捉えられがちだ。しかし、将来のリスクをうまく管理し持続可能な社会を築く準備だと考えれば、新しい産業や投資を生み出す手法の1つと捉えることもできる。世界は気候変動によって確実に変わっていく。その変化をチャンスと捉えるか否かが、これからの環境や経済を形づくる分岐点の1つになることは間違いなさそうだ。

取材協力:
茨城大学 三村信男学長、野村総合研究所 公共経営コンサルティング部 上級コンサルタント 小池純司氏

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.110(2015年3月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。



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