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環境先進企業トップインタビュー

持続可能な社会を実現するには、環境と福祉を融合させた環境福祉の発想が必要です。 社会福祉法人恩賜財団済生会 理事長  炭谷 茂氏

環境福祉学提唱の経緯

炭谷理事長は、「環境福祉学」の創始者としてご活躍されていますが、環境と福祉という2分野の融合に関心を持たれたきっかけについてお教えいただけますか。

 この分野に関心を持つに至った経緯をお話しするには、私がまだ学生だった1960年代まで時計の針を戻さなくてはいけません。当時の日本は高度経済成長の只中にあり、社会も経済も活気にあふれている時代でした。しかし、まるでコインの裏表のように、経済発展の裏側では、環境汚染を顧みない企業による公害問題や、経済発展に取り残された社会的弱者の生活困窮などの問題が社会に大きな影を落としていました。若かりし日の私は、経済的に豊かになった社会の中で、社会的弱者が切り捨てられるような国家への疑念を抱くようになりました。その思いは、欧州を中心に発展していた「福祉国家論」という学問に出会ってますます強くなり、やがて自分自身が福祉国家づくりに貢献したいという願いにまで発展しました。その願いをかなえるべく、日本の福祉行政を担う旧厚生省に入省したのが1969年のことでした。

 旧厚生省で環境衛生課に配属された私は、環境問題を担当しました。水俣病や四日市ぜんそくなどの公害が深刻化していた当時、環境行政には、公害被害者を支援しようとする福祉的な目線があったように思います。ですから、環境の仕事をしながらも、福祉の仕事をしている感覚でした。

 その後、生活保護や同和対策などの福祉問題を担当するうちに、環境への関心が薄らいでいったように思います。そんな中、2001年に環境庁が環境省へと改組されると同時に、私は環境省へ官房長として異動し、職務の中心がまた環境問題に移行しました。これをきっかけに、長年携わってきた福祉と、新しく扱うことになった環境の両者に目を向けることができるようになりました。かつて公害問題を扱った経験もあり、環境と福祉の問題は同時に考えるべきものだと考えるに至ったのですが、環境省では管轄が異なるためか、福祉の問題は切り離して考えられていました。

 しかし、その一方で環境と福祉の融合という考え方は、すでに国際的な潮流でした。2002年に開催された「持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)」でその流れを見ることができます。この会議の主要なテーマは、開発途上国での環境と貧困の悪循環であり、まさに私が考えていた経済、環境、貧困の相互関係が、地球規模の重要な問題として扱われ始めたのです。

かつて「サステナビリティ」という言葉は「地球環境の持続可能性」と捉えられていましたが、ヨハネスブルグ・サミット以降、「人々が豊かで幸せに生きていける」ことも「サステナビリティ」の重要な要素だと考えられるようになりましたね。

 地球温暖化の問題を考えるときも、貧困の問題は同時に考えなくてはならないテーマです。地球温暖化対策は、人類共通の最重要課題であることに間違いありませんが、公害問題と同様に「環境保護」という美名を与えられたプロジェクトが、途上国の人々の犠牲の上に成り立っているようでは、真の「サステナビリティ」とはいえません。食糧と競合するバイオエタノールによる地球温暖化対策などは、その典型例といってよいでしょう。バイオエタノールの増産は、トウモロコシやサトウキビの原料価格を高騰させ、飢餓に苦しむ人々の状況を悪化させるという深刻な問題を引き起こしました。たとえ地球温暖化を防止できたとしても、結果的に多くの人々の幸せが損なわれるのであれば、それは持続可能な社会の実現とはいえません。やはり環境と貧困を同じテーブルの上で議論し、その両立を目指すことが、持続可能な社会を構築する鍵になると、私は考えているのです。

環境と福祉を同じ視点で捉え、持続可能な社会を築くことが「環境福祉学」の重要なテーマとなっているのですね。

『環境福祉学の理論と実践』炭谷 茂編著 環境新聞社 これまで環境学と福祉学は異なる学問領域として扱われてきましたが、21世紀の社会では、環境と福祉を融合させた「環境福祉学」が絶対に必要だと考えています。しかし、この学問を提唱した当時は「環境福祉学」を学べる環境は存在していませんでした。そこで、私は「環境福祉学」を1つの学問分野として確立するために、2004年に環境福祉学会を設立しました。現在、学会では、環境と福祉の分野に関わる企業、官公庁、大学・研究機関の方々にご参加いただき、さまざまな研究や実践報告などを通じて「環境と福祉の融合」を実現するための研究を続けています。



企業における環境福祉の取り組みとは

弊誌の読者は企業の経営層やCSR部門の方々が多いのですが、環境福祉分野における企業の貢献という意味では、どのような方法があるとお考えでしょうか。

 企業が環境福祉に貢献できることは、いろいろあると思います。まずは、製品やサービスに環境福祉の概念を取り込むことです。現在、環境面では「エコデザイン」という概念で、CO2排出を抑制するハイブリッドカーや省エネ家電など環境配慮型の製品が開発・販売されています。一方で、福祉面では、年齢、障害などを考慮したバリアフリーの「ユニバーサルデザイン」が提唱されています。双方とも素晴らしい考え方ですが、ほとんどの企業は両者を別物として扱っており、そのメリットを融合する発想があまり見られません。しかし、これからは「エコデザイン」と「ユニバーサルデザイン」を融合した「ユニバーサル・エコデザイン」の時代になると、私は考えています。たとえば、障害者にも乗りやすい低公害車や、視覚障害者のために凹凸のサインを付けたリサイクル容器など、環境面と福祉面で同時に効果を挙げる製品が増えれば、社会はもっと豊かになると思うのです。

 すでに市場に提供されている製品でも「ユニバーサル・エコデザイン」という概念で定義し直せば、新たな価値を見出せるものがあると思います。燃料電池コージェネレーションシステムなどは、その一例といえるでしょう。給湯時の熱エネルギーを電気に変換して利用するこのシステムは、エネルギー効率が高く、CO2の発生を抑制するため、環境によいのはもちろんですが、福祉の面でも大いに役立ちます。養護老人ホームや障害者のための福祉施設などを運営する事業者にとって、給湯と省エネルギー効果が同時に得られることは、大きなメリットとなります。福祉施設では、入所者の入浴や患部清浄、トイレの介助、施設内の清掃など、さまざまな場面で大量のお湯を必要としています。燃料電池コージェネレーションシステムを導入すれば、省エネによる環境問題への対応だけではなく、潤沢な給湯による福祉面の充実にもつながります。

環境関連事業が、同時に福祉策にもなりえるということですね。

 企業による環境福祉のもう1つのテーマは、雇用の拡大です。正確な数値ではありませんが、日本には障害者、高齢者、ニート、引きこもりの若者など、働く意志があっても仕事に就けない人々が、おおよそ2,000万人以上いると思います。こうした人々の雇用の場として注目されているのが、環境関連事業です。

 北海道北広島市の環境開発工業株式会社の事例は、その好例といえます。同社では、現在、知的障害のある方々を採用し、家電のリサイクル事業を行っています。知的障害のある方に業務を任せるのは困難だと思われることがありますが、同社の事例は、その考え方は必ずしも正しくないと教えてくれます。適性に合った仕事さえあれば、彼らは非常に優れた能力を発揮してくれるのです。同社の社長さんも、当初は社会貢献の一環として彼らを採用したようですが、その実務能力の高さには本当に驚かされたそうです。決められた手順に従って作業を進める廃家電の分解作業などは、彼らにとってうってつけの仕事だったのです。それまで機械で行っていた分解作業を、彼らの手作業に切り替えたことによって廃家電の再生率は70%から99%に上昇し、同社の利益率は大幅に向上したそうです。この事業は、障害者雇用という福祉とリサイクル促進という環境保全の両立を実現した、典型的な環境福祉事業といえます。

 また、愛知県で株式会社デンソーと社会福祉法人くるみ会が実施している事業も環境福祉の優れた事例といえます。デンソーの西尾製作所では、これまで食堂から出る生ごみを廃棄していましたが、くるみ会と提携することによって、生ごみを堆肥に変え、廃棄物を完全にリサイクルすることに成功しました。同事業では、くるみ会に属する障害のある方々が、生ごみの回収から有機肥料の生成、温室での花苗栽培、工場敷地内への花の植え付けまで、一連の作業を行っているそうです。この例のように、企業と外部の福祉団体がうまく連携することで、地域社会全体で環境福祉の好循環をつくり上げることができるのです。

 私は、環境と福祉をうまく結びつけた事業を「環境福祉事業」と呼んでいますが、こうした事業はこれからますます盛んになると考えています。環境省が2003年に発表した資料によれば、環境ビジネスの雇用規模は、2010年には約112万人に上ると推計されています。市場の拡大に伴い、環境福祉事業もさらなる発展を遂げるはずだと期待しています。

 企業が環境福祉に貢献できるもう1つの分野は、CSR活動です。現在、多くの企業が環境や福祉に貢献するさまざまな活動を行っていますが、両者を融合させた環境福祉という概念を加えることで、一歩進んだ社会貢献を実現できると考えています。

医療分野での環境対策

最後に、医療の分野における環境問題への取り組みについて、お話を伺えますでしょうか。

 医療分野における環境問題への取り組みはやや遅れているというのが、私の正直な感想です。たとえば、医療廃棄物の不法投棄などは、私が環境省にいたころから問題になっていますが、いまだに解決されていません。もちろん病院が不法投棄をしているわけではありませんが、委託した業者が起こしている問題だとすれば、病院側に責任がないとはいえません。これからの病院は院内だけではなく、もっと社会や地域との関わりを考え、環境問題にもしっかり目を向けることが必要です。

 地球温暖化対策も、病院が積極的に考えるべき問題の1つです。人命に関わる業務であるとの理由から、省エネなどの環境対策を後回しにしている病院が多いようですが、私は、医療の質向上と環境対策は両立できると考えています。

 実際に済生会では、地球温暖化対策に積極的に取り組んでいる病院が数多くあります。たとえば、山形済生病院は、熱エネルギーの効率的な燃焼を実現するシステムを導入して省エネルギー対策に取り組んでいますし、大阪の中津病院や千葉の習志野病院などは、屋上表面を芝生で覆う屋上緑化に取り組み、夏場のエネルギー消費を大幅に削減しました。屋上緑化の効果は省エネだけではなく、病院内の患者や医療従事者に身近な緑の空間を提供する癒しの効果もあるようです。そのような意味で、屋上緑化は環境と福祉を両立する取り組みといってもいいかもしれません。

省エネルギー対策で削減された経費を、医療現場の労働状況改善や、医療機器の導入による先端医療の提供、医療全体の質向上、さらには福祉医療の充実などに使うこともできますね。

千葉県済生会習志野病院の屋上緑化

 そうですね。環境保全への貢献と、我々の本分である医療・福祉サービスの向上を同時に達成することは環境福祉学の原点に通じますから、ぜひとも実現していきたいと思います。そのためには、まず病院内での地球環境意識の徹底から始める必要があるでしょう。企業の取り組みと比べると、病院での環境対策は遅れている感がありますので、専門家のアドバイスを受け環境負荷を抑えるとともに、質の高い病院運営を目指していきたいと思います。


【聞き手】
三井住友銀行経営企画部CSR室長 佐藤 耕司
日本総合研究所主席研究員 足達 英一郎

炭谷 茂 (すみたに しげる)

Profile

炭谷 茂 (すみたに しげる)
1946年生まれ。1969年、東京大学法学部卒業。1969年、旧厚生省に入省。厚生省国立病院部長、厚生省社会・援護局長、環境省官房長などを経て、2003年、環境事務次官に就任。2006年9月、退任。現在、社会福祉法人恩賜財団済生会理事長、財団法人地球・人間環境フォーラム理事長、学習院大学法学部特別客員教授などを兼任する。



財団概要

社会福祉法人恩賜財団済生会

設立
1911年
本部
東京都港区三田1-4-28 三田国際ビルヂング21階
施設数
376
事業実施数
279
代表者
総裁 寛仁親王殿下/会長 豊田 章一郎/理事長 炭谷 茂
事業内容
病院、介護老人保健施設、老人・児童福祉施設、訪問看護ステーションなど保健・医療・福祉活動
ホームページ
URL:http://www.saiseikai.or.jp/

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.75(2009年1月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。

新しいウィンドウで開きます。 『SAFE』Vol.75(2009年1月号)


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