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環境先進企業トップインタビュー

未来のために今を変える勇気を持てるか否か、その意識をどれだけの人が共有できるか。 安藤忠雄建築研究所 建築家  安藤 忠雄氏

環境都市東京の魅力を世界にアピール

1970年代以降続いてきた経済合理主義の時代は終焉を迎え、「環境の世紀」へのパラダイムシフトが始まったといわれています。この変動期において、安藤先生はいち早く環境の重要さを訴え、東京の再編計画や植樹活動を推進してこられました。「環境の世紀」における都市の在り方について、お考えをお聞かせ願えますでしょうか。

 江戸時代から明治時代の日本は、世界からとても素晴らしい国だと高い評価を受けていました。当時の日本を訪れた海外の建築家や文化人は、口を揃えて日本人の民度の高さを絶賛しています。家族に対する愛情の深さ、自然を慈しむ心の美しさ、地域社会に育まれている深い絆、生きることへの丁寧さは、日本人の個性であり独自の文化でした。

 しかし、こうした日本人の美点は、戦後の経済成長の中で次第に失われていきました。経済合理主義にひた走り、日本人は家族や自然に対する愛情、地域の絆などを忘れ去ってしまいました。問題の根本は、日本人の感性を育んできた自然の破壊です。自然の破壊は、そのまま人々の心の崩壊につながっています。日本人の美点である精神性や豊かな感性を取り戻すために、我々はもう一度、自分の足元を考え直さなければいけません。さらに、このグローバルな時代にあっては、我々は地球の中に住んでいるのだということも、真剣に考えなければならないと思うのです。

東京再編計画に携わられたのも、そうした失われゆく日本の美しさへの危惧が根底にあったのでしょうか。

 2006年にオリンピックの日本招致活動が始まり、東京都と福岡市による招致合戦が展開されました。その際、私は石原慎太郎都知事からの要請を受け「いかにして東京の魅力を世界にアピールするか」という議論に加わることになりました。

 まず、私が取り組んだのは、現在の、そしてこれからの世界はどうあるべきかという根本的な社会状況の分析です。前回、東京オリンピックが開催された1964年当時、地球人口は約30億人でしたが、現在は約67億人に倍増しています。しかも、その7割は都市で生活しており、今後は世界中で1,000万人超の都市が増え続けると予想されています。都市人口が増加すれば、エネルギーや食糧、水などの資源は確実に減っていきます。このまま大量生産・大量消費を続けていけば、近い将来、人類が存続の危機に見舞われることは目に見えています。このような地球規模の課題が深刻化する中、首都圏を含め人口3,000万人を超える過密都市である東京は、いったい世界に向けてどのようなメッセージを発信できるのかということを、我々は真剣に議論しました。さまざまな議論の末に、既存の都市環境を生かしながら、東京を緑豊かな循環型都市として再編することを考え、自然とともにあるコンパクトなオリンピックの開催を目指しています。

 ここでいうコンパクトには、いろいろな意味が込められています。たとえば、モノを無駄にしないという意味のコンパクト。エネルギーや食糧などの資源を無駄にしなくても、簡潔で豊かな生活ができることを、東京を見本として世界に示したいと思っています。エネルギーを無駄にしないためには、電車やバスなどの公共交通を最大限に活用し、自家用車をできるかぎり使わない都市を目指します。JR、私鉄、地下鉄、バスが整備されている東京は、世界に誇れるほど公共交通の充実した都市です。これだけの公共交通網があれば、山手線内は自動車による移動を自主的に放棄してもいいのではないかと考えています。自主的に自動車を放棄した都市は世界中どこにもありませんから、それに日本が取り組むだけでも大きなアピールとなるでしょう。

 オリンピックの計画もコンパクトな在り方を目指します。オリンピックの開催施設のほとんどを、東京の中心部8キロメートル圏内に配置し、アスリートの移動時間を短縮することで、環境負荷を抑制します。また、施設に関しても国立代々木競技場など1964年に建築された施設は、改修・補強して積極的に再利用します。なお、「地球スタジアム」と名づけられたメインスタジアムは、海に浮く、森に包まれた空間とし、太陽光発電など持続可能な環境技術を最大限に活用する予定です。

「海の森」が環境の世紀のシンボルになる

安藤先生は東京都と協働して「海の森」などさまざまなプロジェクトを推進していらっしゃいます。

「海の森」で植樹するボノ氏と安藤氏 もともと東京の都心部には、明治神宮・皇居・赤坂離宮といった森林や江戸の武家屋敷に由来する庭園が点在しています。なかでも渋谷・新宿に隣接する明治神宮は約100ヘクタールの広大な人工の森を形成しています。この人工の森には、自然と上手に付き合ってきた日本人の知恵と技術が集められています。この明治神宮とほぼ同じ広さを持つごみの埋め立て地が東京湾にあります。この自分たちが出したごみの山を、自分たちの手で森に生まれ変わらせるのが「海の森」プロジェクトです。1,000円募金を50万人から集めて、苗木を植え、約88ヘクタールのごみの埋め立て地を、美しい森にすることを目指しています。

 以前、宇宙飛行士の毛利衛さんに、「宇宙から認識できる地球上の人工物は万里の長城だけだが、『海の森』が実現すればきっと宇宙から見えるはずだ」と伺ったことがあります。そうだとすれば、この宇宙から認識できる「海の森」は、東京だけではなく地球全体のシンボルになります。このことから、私は各国の講演会で「海の森」は「世界の森」であり「地球の森」です、みんなで新しい時代の地球のシンボルを育てましょうと訴えてきました。その呼びかけに応えて、世界的なヴォーカリストであるU2のボノさんや、ケニアの元副環境相でノーベル賞受賞者ワンガリ・マータイさんは、賛同の意思を示すだけではなく実際に現地での植樹に参加してくれました。フランスのシラク前大統領、ノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊さん、三井住友銀行の奥正之頭取もサポーターになってくれました。

 環境問題は、一人ひとりが未来のために今を変える勇気を持てるか否か、その意識をどれだけ多くの人が共有できるかにかかっています。だからこそ、この活動は行政主導ではなく、市民一人ひとりが主体になって行われなければならないのです。

 「海の森」で植えるのは小さな苗木ですから、植えただけでは育ちません。愛情を持って育てていかなければ、美しい森にならないのです。木々のメンテナンスは東京都が責任を持ってやりますが、植樹に携わる50万人の市民全員が、自分の子どものように木々の成長を喜び、この森は「私の森」だと思ってもらえるようになれば、社会も変わっていくのではないでしょうか。

「環境の世紀」にふさわしい都市再生プロジェクトですね。

「海の森」から続く風の道がヒートアイランド現象を抑制する

 東京都では、この「海の森」を起点として、晴海、浜離宮庭園、皇居、明治神宮といった都内の大規模緑地を、「緑の回廊」として街路樹でネットワークすることを目指しています。これは、海からの風を冷やしながら都市の内部に導く「風の道」として機能し、都心部のヒートアイランド現象を抑える効果をもたらします。また、小中学校の校庭の芝生化、電柱を地中化してそこに街路樹を植樹する活動など、環境都市東京を実現するためのプロジェクトが現在進行中です。

 これらのプロジェクトは、どれも市民による「緑の東京募金」によって費用を賄うことを目指しています。驚いたことに、このプロジェクトはスタートから1年4カ月であるにもかかわらず「海の森」だけで30万人を超える募金が集まっています。私は、この活動を通じて、やはり日本人の心の底には、今も自然を敬う意識が刻まれているのだということを再認識しました。

建築を考えることは、環境を考えること

安藤先生の建築は、多くの作品に自然との共存というテーマが取り込まれているように感じます。

 建築というのは、根本においては「自身を取り巻く空間がどうあってほしいか」を考えることであり、環境を考えることと同義だと、私は考えています。

 私のいわゆるデビュー作「住吉の長屋」は、大阪市の中心部の老朽化した木造長屋の再生でした。コンクリートの壁によって都市の住環境を切断した内部空間に、光や風雨が降り注ぐ中庭を設けた住宅です。部屋と部屋が中庭で完全に分断されているため、雨の日には傘をさして隣の部屋まで歩かなければなりません。各部屋は外気に接しているものの冷暖房設備はありません。この一見、不便な家は自然とともに生きる豊かさと同時に、自然の厳しさも受け入れることが求められます。クライアントは、住みにくさを抱えるこの家を「自然の変化を感じられることが、この小さな家の魅力だ」と笑いながら、30年を経た今も変わらぬ姿で住み続けてくれています。この自然とともにある「住吉の長屋」は、私がイメージする建築の原型と呼べるものです。

 東急東横線渋谷駅の地宙船(地下深くに浮遊する宇宙船の意)では、通常は機械設備で処理される電車の排熱も自然の風力で新鮮な空気と交換できる換気システムを考えました。一般に、省エネ建築というと建物外皮の性能を上げてエネルギー効率を高めるアプローチがとられますが、高度なテクノロジーに心血を注ぐだけでなく、もっとシンプルに自然の力を生かす工夫があっていいと思っています。

 表参道ヒルズに関しては、同潤会青山アパートという道行く人々の“心の風景”にまで昇華していた都市遺産をどのような形で<残していくか>が主題でした。私が提案したのは、直接的な形ではなく“風景”として、過去を現在につなぐ建築です。建物の高さをケヤキ並木と同程度に低く抑え、地下3階地上3階を貫くパブリックスペースは、表参道から連続するスロープと一体的に結びます。前面一杯に切り取られる開口部からは、ケヤキ並木の借景が楽しめ、屋上は植栽によってケヤキ並木とつながった一連の風景に溶け込む設計となっています。この場所でしかできない、心の森を築くことを目指した建築です。

環境の世紀を迎える今後は自然と共存する建築が、ますます求められていくのでしょうね。

ケヤキ並木に溶け込む「表参道ヒルズ」(photo:松岡 満男) 建築家は、人々の生活を受けとめる器をつくることが仕事です。単に機能的であるだけでなく、人々の心や記憶を宿すことも必要です。そのためには、豊かさとは何であるのか、生活の価値観をきちんと捉えなくてはいけません。

 これからは生活の価値観にまで踏み込んで、環境に配慮した設計を行うことが求められていくと思います。極端な言い方かもしれませんが、今後は建築家の職能の在り方も変わっていくことでしょう。なぜならば、高度経済成長期とは違い、現代は社会全体の環境意識が高まっているからです。たとえば、建設予定地を見に行ったとき、そこに街の風景を築いてきた大木があれば、私はそれを残すべきだ思います。事業的視点だけで建築を捉えるのではなく、環境を築く視点からも建築を考えねばならない時代なのです。


【聞き手】
三井住友銀行経営企画部CSR室上席室長代理 早川 朋之

Profile

安藤 忠雄 (あんどう ただお)
1941年大阪生まれ。建築家。世界各国を旅した後、独学で建築を学び1969年に安藤忠雄建築研究所を設立。1979年「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞し、以降、プリツカー賞、アルヴァ・アアルト賞、日本芸術院賞、国際建築家連合(UIA)ゴールドメダルなど受賞多数。イェール大、コロンビア大、ハーバード大の客員教授を務め、1997年東京大学教授、2003年から名誉教授。主な作品は「光の教会」「フォートワース現代美術館」「地中美術館」「直島コンテンポラリーアートミュージアム」「表参道ヒルズ」など。


INFORMATION

【緑の東京募金】
緑の東京募金は「海の森の整備」や「街路樹の倍増」「校庭の芝生化」「花粉の少ない森づくり」といった緑化事業に当てられます。
募金方法などの詳細は、以下のURLをご参照下さい。
URL:http://www.midorinotokyo-bokin.jp/

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.77(2009年5月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。

新しいウィンドウで開きます。 『SAFE』Vol.77(2009年5月号)


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