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環境先進企業トップインタビュー

日本が新しく生まれ変わるには、環境を巡るマインドセットの転換が必要です。 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 慶應義塾大学 環境情報学部 教授 小林 光氏

海外に追いつかれた日本の環境対策

環境庁の発足は1971年のことです。1973年に入庁され、いわば黎明期から環境行政に携わってこられた先生の目には、この40年間の産業界の変化はどう映っているのでしょうか。

環境対応という点で産業界に大きなインパクトを与えたのは、「自動車排出ガス規制」だったと思います。1966年、人体に有害な化学物質として、自動車排ガス中の一酸化炭素濃度を3%以下に抑えることが義務づけられました。その後、炭化水素や窒素酸化物の規制が加えられ、1978年には、当時最も厳しいとされたアメリカのマスキー法と同じ規制値が導入されることになりました。当初、産業界にはこうした規制への抵抗感がありましたが、他国に先駆けて取り組んだ結果、優れた排ガス技術を生み出し、日本は環境分野で世界をリードする存在になったのです。

2度のオイルショックなどを経て、日本の省エネ対策はさらに進みましたね。

こうした成功体験の後に迎えたのが、京都議定書です。京都議定書において、日本には、2008年〜2012年の間に温室効果ガス排出量の平均値を1990年比で6%削減する目標が課せられました。これに対し、京都議定書への批准を拒否しているアメリカや、締結当時に開発途上国と見なされていた中国には削減義務が課されていません。すでに先進的な省エネ技術を導入していた日本は、これ以上の削減は困難であり不利な条約だといわれました。しかし、削減手段の内訳を詳しく調べてみると、実は日本の削減目標は決して厳しいものではありませんでした (図表1)。

2001年に採択された「マラケシュ合意」により、京都議定書の執行方法が定められ、森林によるCO2吸収量を削減量に算入することが認められました。その量は、削減目標の約3分の2に相当する3.8%。これに加え、日本政府による「京都議定書目標達成計画」では、途上国での温室効果ガス削減プロジェクトから産み出された削減量を購入し、1.6%相当分を補足可能としています。つまり、日本に課せられた実質削減量は、わずか0.6%にすぎないのです。さらに、この数値にはメタンやフロンの削減量も含まれているので、実際のCO2排出量はむしろ少し増えてもいいくらいでした。これほど緩い削減目標であったにもかかわらず欧州連合が譲歩したのは、アメリカに続き日本も不参加となると議定書自体が発効できない事態を憂慮したことと、日本の省エネ技術を高く評価したからだといわれています。一方、欧州連合は、全体でマイナス8%という目標を達成するため、ドイツとイギリスがそれぞれマイナス21%、マイナス12.5%という厳しい目標を背負いました。省エネ対応が遅れていた東欧諸国での取り組みに注力すれば、もっと容易にCO2を削減できたかもしれません。しかし、欧州経済統合という目標に向け、あえて先進国がその責任を担ったというわけです。

京都議定書は各国にどのような影響をもたらしたのでしょうか。

京都議定書の最終報告はこれからですが、すでに各国の努力の成果が表れています。たとえば、GDP 当たりのCO2排出量(炭素生産性)を比較すると(図表2)、1990年時点の日本は0.37キログラム-CO2/ドルで、ドイツの0.55キログラム-CO2/ドル、イギリスの0.46キログラム-CO2/ドルを下回っていました。つまり、日本は他国と比べ、環境に優しい方法でお金を稼いでいたわけです。しかし、ドイツ、イギリスはその後20年間、地道な削減努力を続けてきました。その努力が実り、2009年にはドイツが0.33キログラム-CO2/ドル、イギリスが0.27キログラム-CO2/ドルとなりました。その間、日本は0.32キログラム-CO2/ドルまでしか数値を減らせず、イギリスに逆転されてしまいました。京都議定書に不参加だったアメリカでさえ、2009年時点で0.46キログラム-CO2/ドルとなっており、1990年からの削減率はマイナス33.3%で、日本のマイナス13.5%をはるかに上回っています。

また、エネルギー供給側の変化を電力の炭素密度(1キロワット時の電力をつくるときに排出されるCO2量)で比較すると(図表3)、1990年当時の日本の電力は環境に優しいものだったといえます。しかし、20年たった今も、その数値はほとんど変化していません。電力自由化以降、電力料金引き下げの切り札として、石炭火力発電を拡大したことがその理由です。石炭火力の増加が、石油火力の減少などに伴うCO2削減効果を相殺してしまったのです。一方、ドイツやイギリスは、天然ガスをはじめとするクリーンエネルギーへの転換を進めることで、炭素密度を1990年比で2〜3割改善することに成功しました。

緩い目標に甘んじた日本は、CO2排出量を減らせなかったばかりか、環境対策における革新的な取り組みも進みませんでした。環境対策で世界をリードしてきた日本にとって、それは国際競争における優位性を失うことを意味していました。

環境価値にお金を払うマインドの醸成

企業の環境への取り組みが進むために必要なことは何でしょうか

日本には公害対策に取り組んできた長い歴史があります。しかし、長年にわたる公害への取り組みは日本の環境技術を育てる一方、「環境はお金がかかる」という思い込みを生みました。省エネ・新エネなど新たな環境対策が登場した今もなお、同じ目で見ている感があります。一刻も早く、CO2対策は出費ではなく将来への投資であるという見方に改めなくてはいけません。

たとえば、太陽光発電システムを自宅に設置した場合、初期費用は約10年で回収でき、回収後は売電による利益を得られます。それにもかかわらず、消費者は投資額の大きさや回収期間の長さを負担と感じ、それが普及の障壁になっています。ところが、同額でハイブリッドカーを購入することにはあまり抵抗がないように見えます。おそらく消費者は移動のためのコスト負担には慣れているものの、太陽光発電が生み出す環境価値には目が向かないのでしょう。「できることなら環境費用はタダで済ませたい」というマインドセットが弊害を及ぼしているのです。このような市民意識のもとでは、環境技術は発達しないし、環境を保全することもできません。

私も環境省にいたころ、技術開発や補助金制度で価格を安くしないと、環境によいものは売れないと思い込んでいました。考えを変えるきっかけになったのは、東日本大震災です。それまでは安全確保を大前提とするならば、CO2をほとんど排出しない原子力発電の推進が是とされていました。しかし、あの原子力発電所の事故が、その大前提を根底から覆したのです。

震災を機に、エネルギー供給の在り方が問われるようになりました。

各電源の発電コストを試算した内閣官房国家戦略室・コスト等検証委員会の報告書(2011年12月発表)によると、2004年に5.9円/キロワット時と試算されていた原子力発電コストは、5割以上もアップし、8.9円/キロワット時になりました。今後、損害額が1兆円増えるごとに、コストは0.1円/キロワット時ずつ上乗せされると試算されています。放射能汚染の除染費用、放射能汚染物の中間貯蔵・最終処分などに関わる費用が25兆円を超えるとすれば、2030年には太陽光発電コストより原子力発電コストが高くなる可能性があります。

私たちは、長い間、公害や自然破壊に関わるコストを存在しないものと見なしてきました。安さを追求するあまり、気づかないうちに環境破壊という大きな犠牲を払い続けてきたのです。エネルギーが安いことは日本にとって本当によいことなのでしょうか。そもそも太陽光発電や石炭火力発電、原子力発電を、電力量と価格だけで比べるべきではありません。これからは、経済的な価値に換算するだけでなく、安全や環境への貢献度など非経済的な価値を加味して、エネルギーを選ばなくてはいけない時代となるでしょう。

一方で、震災以降、自家発電機が注目を浴び、太陽光発電システムが「欲しい家電」のナンバーワンになるなど、明るい兆候も見られます。安全であることやCO2を出さないという新たな価値に消費者がお金を払うマインドが生まれつつあると感じます。今こそ従来の社会システムを脱却し、新たな日本に生まれ変わるチャンスです。環境への挑戦は、日本が国際社会で生き残る切り札になると私は信じています。

日本発の「自然共生ブランド」を世界へ

今後、日本が目指すべき方向性について、お考えをお聞かせ願えますでしょうか。

震災後、海外からの渡航者は減少し、日本産の食品は敬遠され、工業製品は放射能検査の対象になりました。「安全」というブランドを失った日本が、世界の信頼を取り戻すには、新たなイメージを発信していかなければなりません。そのために必要となるのが「自然共生ブランド」です。「自然共生ブランド」とは、自然とともに生きる日本の伝統的な感性や環境への取り組みを世界に向けて発信することです。世界的に知られた「もったいない」の精神は、森羅万象に神や精霊を感じる日本人の感性から生まれました。自然を畏れ敬う心を持ち、その恵みを最後まで生かしきろうとする精神は、環境技術の発展につながっています。たとえば、兵庫にある家電リサイクル工場では、家電を解体して、素材ごとに部品を分別回収しています。独自のリサイクルシステムとノウハウは、世界に誇れる先端技術です。ほかにも、国内には古民家や古材の再利用など、アピールできる要素が多数ありますが、海外ではほとんど知られていません。環境性能を追求したドイツが環境先進国というブランドを手に入れたように、自然を壊さない製品や特産品、方法論を強く打ち出せば、日本は国際社会でリーダーシップを発揮できると思うのです。

2011年に環境省を退官され、大学教授に転身されました。次世代を担う若者を育成する上でどのようなことを考慮されていますか。

私たちの豊かな暮らしは、すべて自然環境によって支えられており、企業や行政によって提供される製品・サービスは自然環境を壊すものと壊さないものに分けることができます。環境に優しいグリーンエコノミーへの移行には、製品・サービスが持つ環境影響を評価して、優良なものを選択できる「環境の目利き」の存在が不可欠です。大学では、学生が身の回りの商品に秘められた環境価値を発見し、説明できるスキルを持つ「環境の目利き」になるための教育プログラムを実施しています。彼らが「環境の目利き」として各地で活躍し、消費者のマインドセットに影響を与えることができれば、環境保全と経済成長の両立を加速できると考えています。


【聞き手】
三井住友銀行経営企画部CSR室長 中村 研一
日本総合研究所主任研究員 井上 岳一

小林 光(こばやし ひかる)

Profile

小林 光(こばやし ひかる)
1949年生まれ。1973年に環境庁(当時)入庁。気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)の日本への誘致、京都議定書の交渉、地球温暖化対策推進法の国会提出などを担当した。環境管理局長、地球環境局長、大臣官房長、総合環境政策局長などを経て、2009年7月に環境事務次官に就任。2011年に環境省を退官し、現在、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科および慶應義塾大学環境情報学部の教授を務める。


この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.98(2012年11月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。


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