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環境先進企業トップインタビュー

生命には、未知の、まだ見えていない力が備わっている。それを引き出せればと思う。 京都大学 iPS細胞研究所 所長 山中 伸弥氏

成功の条件はVW(Vision/Work Hard)

iPS細胞のような基礎研究は、成果が上がるまでに時間がかかるといわれていますが、その間、どのような拠りどころや志を持って研究を進めていらっしゃったのでしょうか。

僕はもともと臨床医として、患者さん一人ひとりの治療に貢献する仕事に充実感を感じていました。一方で、現代医療では治せない患者さんとも数多く出会い、その都度、大変悔しい思いもしてきました。そうした経験を重ねる中、臨床から基礎医学へ転じる道を選んだわけですが、やはり今も自分は医師であることに誇りを感じており、患者さんの治療に貢献したいという思いは変わっていません。ただ、貢献の仕方が変わっただけだと思っています。臨床医の場合、1対1の対応が基本で、数日、1週間、1カ月という短期決戦型です。一方、基礎研究の場合、それが1年、10年、50年という単位となります。時間はかかりますが、いったん成果が出れば、1万人、場合によっては何十万人という方の治療に貢献できる可能性があるわけです。

しかも、基礎研究は一人ではできないことが多くあり、自分の生きている間に完成することさえ困難で、次世代といいますか、他の研究者にバトンタッチしていくこともあるわけです。言い換えるならば、臨床医はその瞬間を全力で駆け抜ける短距離型で、基礎研究はゴールするまで襷をつなぐ駅伝型といえるでしょう。よく箱根駅伝などを見ていると、脱水症状が起き、普通であれば走れない状態になっても、最後まで襷をつなごうとする姿勢が見られますが、基礎研究もあれに近い感覚だと思います。

基礎医学の世界に移られて、短距離型から駅伝型へとすぐにモードを切り替えられたのでしょうか。

研究というのはすぐに成果が出るものではなく、失敗の方が圧倒的に多いことが常です。特に成果が出ない状態が続いたときは、臨床へ戻った方がいいのではないかと揺れ動くこともありました。その苦しい時期に僕を救ってくれたのは、尊敬する病院経営者の一言でした。その方は、もともと外科医として活躍されていましたが、あるときメスを置き病院経営に転身されたのです。その先生は「僕も外科医として数多くの手術を手掛けてきたので、メスを置いたときはやはり寂しかった。ただ、今はしっかりした病院グループをつくりあげ、一人ひとりではなく何千人、何万人の患者さんによりよい医療サービスを提供するというビジョンを持っているんだ。君がやろうとしていることも、目指すビジョンは一緒じゃないか」と言われ、本当に勇気づけられました。

著書にもVW(Vision/Work Hard)が重要と書いておられましたが、先生の研究を支えたビジョンは、いつごろ、どのように沸き起こってきたのでしょうか。

尊敬する病院経営者からお言葉をいただいたのは、僕が31歳でアメリカへ留学する前でしたから、ビジョンを持ったのはそのころですね。アメリカ留学は、臨床を離れる大決断で、当時が一番迷っていた時期でした。そのとき、先の言葉をいただき、「一人ひとりではなく、より多くの患者さんを一度に救う仕事をすること」が僕のビジョンだと考えるようになりました。

iPS細胞を発見されて、見える風景が変わってきた部分もあると思いますが、現在、iPS細胞については、どのようなビジョンを描かれているのでしょうか。

iPS細胞をつくった当初は、再生医療がメインだと思っていましたが、今は、それ以上に創薬への貢献が重要だと考えるようになりました。具体的には、難病の患者さんの細胞からiPS細胞をつくり、それを病気になった部分の細胞へと分化させて体外で病気を再現し、その細胞を用いて病気の状態を緩和する薬を開発することです。再生医療も大切ですが、創薬こそiPS細胞の本当の使い方ではないかと今は考えています。自分にできることは限られていますが、多くの研究者や企業の方々にiPS細胞を使っていただき、世界中至る所でiPS細胞を使った創薬が進むことが、現在のビジョンです。その中でも、特に日本で新しい薬が開発されることに期待しています。

創薬への応用は、もう始まっているのでしょうか。

2013年6月前半に、米国で国際幹細胞学会が開催されました。4,000人以上集まる大きな学会で、iPS細胞を応用した創薬に関する多くの発表がありました。発表数が2012年と比べて相当増えていますので、1年間でかなり進歩しているとの印象を受けました。ただし、創薬というのは、薬の候補が見つかってから、安全性や効果を確かめ、治験を経て市場へ出るまでに10年以上の時間を要し、莫大なお金がかかるものです。残念ながらiPS細胞には、10年かかっていた創薬を3日に短縮できるほどの魔法は発揮できません。しかし、今まで見つけられなかった薬の候補を見つけたり、人工的な方法でしか行えなかった毒性試験を、iPS細胞でつくった細胞で調べたりするなど、さまざまな貢献ができると考えています。さらに、10年かかっていたプロセスを5年に縮めたり、薬の候補を最終製品にする可能性を何倍にも上げられたりすると期待しています。

ジグソーパズルを完成させる人の存在が必要

アメリカで研究するようになって、気づかれたことはありますか。

僕が日米を往復する過程で気づいた大きな違いは、人材の問題です。米国では、ベンチャーキャピタルが日本の国家プロジェクト並みの予算を集めて企業を立ち上げ、そこに研究者だけでなく、創薬の専門家、規制の専門家、知財の専門家などを集めてチームをつくり、一気に事業化へ向けて突き進みます。そのような姿を見ると、日本との差というか、大きなジレンマを感じます。日本にも民間企業には、優秀な人材がたくさんいらっしゃいます。しかし、そのような方を大学に招来する方法がありません。大学には、特許の専門家や製薬企業の民間の方を呼び込むポストがないし、プロジェクトは5年単位が多いので、その期間内の有期雇用しかできません。さらに、民間企業に比べると、給料レベルが低くなってしまいます。これでは、米国のようなチームをつくることは不可能です。

チームのプロジェクトは、ジグソーパズルに例えるとわかりやすいかもしれません。研究者が大切なピースであることは間違いありませんが、そのピースだけではジグソーパズルは完成しません。繰り返しになりますが、プロジェクトには、知財の専門家や、社外とのコミュニケーションの専門家、お金を集めてくるファンドレイジングの専門家、厚生労働省等の当局と話を進める専門家、生命倫理の専門家、製薬会社で実際に薬の開発をしてきた方など、たくさんのピースが必要です。そして、一番大切なのは、そのピースを使ってジグソーパズルを完成させる人の存在です。すべてのピースを見極め、必要なところに必要なピースを当てはめていく経営者感覚を持つ、いわゆるCEO的人材が最も重要です。

それは研究者の中からCEO的人材を、という意味ですか。

いえ、研究者ではCEOの役割は果たせません。一応、今、僕はCEO的な立場に立っていますが、これは非常にまずい状況です。僕は研究者としてはそれなりのトレーニングを受けてきましたし自負もありますが、CEOとしてのトレーニングを受けていません。私の父親は小さな会社の経営者でしたが、唯一の息子である僕に対して「経営者には絶対向いていない。医者か研究者になれ」と言ったほどです。その私がCEO的役割をしているようでは、問題です。米国の例を見ると、再生医療のジグソーパズルなのか、創薬のジグソーパズルなのか、考えもしなかったジグソーパズルなのか、すべてCEO次第で決まります。そして、優秀なCEOは、給料が高くないと来てくれません。そこが、日米を往復して感じる最も大きな差です。

ビジョンを描くCEOが重要ということですね。一方で、日本人は、W(Work Hard)は得意でも、V(Vision)は苦手といわれます。どうすればビジョンを持てるようになるのでしょうか。

僕は、全員がビジョンを持てばいいとは思っていません。ジグソーパズルの1個1個がビジョンを持って、勝手に動き出したら収拾がつかなくなるでしょう。ピースはピースの役割を果たすことが、ある意味ビジョンなんですよ。どんなジグソーパズルをつくるのかはやはりCEOが示すべきであって、そうじゃないとバラバラになってしまいます。米国が優れているのは、そういうシステムが出来上がっていることです。ベンチャーキャピタルが、優秀なビジョンを持つ人をCEOに持ってくる。一方で、連れてきたCEOのビジョンが気に入らなければ、優秀な人でもパッと代えてしまう。その結果、会社の方向性が全然違う方向に行くことも少なくない。そういうことを数回繰り返しているうちに、形になってくるわけです。

生命科学と社会科学の接点が大切

iPS細胞は、植物同様に動物の細胞にも融通無碍さ(=分化多能性)が存在することを証明しました。何にでも変わり得る融通無碍さが生命の本質なのでしょうか。

生命の本質は、まだわかっていません。大切なことは、私たち生命科学の研究者や医師が謙虚になることだと思います。医学は進み、多くの病気が克服されましたが、私たちが知り得たことは、海の上に見えている氷山の一角にすぎません。その下には、まだまだ未知の、見えていない力が生命にはいっぱい備わっていると思うのです。iPS細胞は、今まで見えていなかった、その海の下の一部を見えるようにした技術ですが、ほかにもたくさんあると思います。皆さん、見えている部分にばかり行きがちなんですが、これからは、いかに見えていない部分にチャレンジする研究を支援し、育むかが大切です。わかりやすい例では、イモリは手や足を切ってもまた生えてきますし、プラナリアという生物は16等分しても、16匹の生体になる力を持っています。では、なぜイモリにできて人間にできないのか、これを真剣に研究している人もいるんですね。まさに夢の治療ですが、今は夢でも100年後も夢とは限らないということを、僕はiPSという技術に出合って実感しました。5年前までできないと思っていたことが、たった1日でできるようになったのですから。それくらいわからないパワーが、まだまだ生命にはあるんだと感じています。それを引き出せればと思うのです。

生命同様に、社会にもそういう自己再生能力があればよいのですが。

ぜひ、そうあってほしいですね。人類は過去から学び、戦争のような愚かなことはしないと信じたいのですが、少なくとも今までの歴史はそうではありません。社会科学的に見て、人類が成長しているのかどうか、僕はちょっと楽観視できないなと。では、生命科学は本当に進歩の一歩なのかというと、これも核開発が原子爆弾に結びついたように、非常に愚かな結果を招く可能性もあるわけです。iPS細胞にしても誤った使い方をされないとも限りません。それが社会との接点というか、社会科学との接点の重要なところですね。

昔のように科学者が実験室にこもっているようではダメで、社会に対してガラス張りの状態で研究を進めるべきだと思います。科学技術の進歩が速くなったのは間違いありません。今までできなかったことがあっという間にできるようになりました。その影響が病気の治癒といった面で表れるならいいのですが、人の寿命が120歳、150歳と延びていく方向に働いたとしたら、社会システムが破綻することも考えられます。それに対する準備といいますか、検討も必要です。

そのような意味でも、生命科学と社会科学がインディペンデントではいられない状況にあると思います。

ジグソーパズルを組み立てるに当たって、研究者だけの発想ではなく、社会のことを考える人間と一緒に進めることが、大切なんでしょうね。

研究者は自分のやっていることは絶対正しい、社会のためにやっているのだと思い込みがちです。しかし、客観的に見るとそうじゃない場合もあるわけで、正解はなかなかないのです。ですから、そのあたりは自分だけで考えていてはダメで、まさに社会との接点が必要になりますね。


【聞き手】
三井住友銀行取締役兼専務執行役員 橘 正喜
三井住友銀行経営企画部CSR室長 中村 研一
日本総合研究所マネジャー 井上 岳一

山中 伸弥(やまなか しんや)

Profile

山中 伸弥(やまなか しんや)
1962年大阪市生まれ。神戸大学医学部卒業、大阪市立大学大学院医学研究科修了(博士)。米国グラッドストーン研究所博士研究員を経て、1996年大阪市立大学医学部助手、1999年奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授、2003年同教授、2004年京都大学再生医科学研究所教授、2008年京都大学物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター長、2010年4月から京都大学iPS細胞研究所長。



組織概要

京都大学 iPS細胞研究所 CiRA(サイラ)

設立
2010年4月1日
住所
京都府京都市左京区聖護院川原町53
所長
山中 伸弥
理念
iPS細胞研究に特化した先駆的な中核研究機関として、iPS細胞の可能性追求と、共同研究の奨励および若手研究者の交流・育成などに努める。
ホームページ
http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.101(2013年7月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。


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