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環境先進企業トップインタビュー

日本の古きよき故郷を守りながら、地方から世界に貢献する企業を目指します。株式会社大島造船所 最高代表取締役兼会長 南 尚氏

日本の古きよき故郷を守る

1992年の地球サミットは多くの企業が環境問題に目を向けるきっかけとなりました。しかし、御社は、その前年の1991年に発表した経営理念の中で「地球の自然環境を大切にし、それとの調和を重視する企業として生きる」と宣言されています。非常に早い段階から自然環境との調和を重視してきた背景にはどのような思いがあったのでしょうか。

大島造船所は、ダイゾー(旧大阪造船所)・住友重機械工業・住友商事の出資により、1973年2月、長崎県西海市大島町で創業しました。大島はかつて炭鉱の町として栄えた島ですが、我々は炭鉱閉山後の基幹産業として誘致を受け、地域にお仲間入りさせていただくことになりました。企業進出というと、どうしても企業のわがままが出てしまい、地域の方々とうまくいかないことがあります。しかし、我々は、地場産業になることを目指し、地域との共存を図ってまいりました。大島は青い海と緑織りなす山々に囲まれ、自然に恵まれた美しい島です。素朴で人情あふれる人々が暮らし、日本の古きよき故郷の原型を思わせる風土があります。大島の自然や美風を残していきたい。大島の皆さまとともに働き、会社の利益を地域に還元したい。そして、美しい環境を守りたい。こうした思いを創業当初から抱いていました。

経営方針と経営理念を明文化しようと考え始めたのは、1989年、私が社長に就任した時期です。オイルショックを契機に造船業界は深刻な不況に陥り、弊社も多大な累積損失を抱えてしまいました。まるで沈みかけた難破船のように、海図を持たずにさまよっている状況でした。そうした苦境の中、新時代を切り開くには、会社の進む方針を示し、革新の息吹を伝えなければならないと考えたのです。どうせつくるならば100年たっても古くならない経営理念にしたいと思いましたが、どのような内容にすればよいかわからず、相当悩みましたね。そのとき助けとなったのが、岳父であり、人生の師、造船の師でもある故南景樹の言葉でした。大島造船所を創業した岳父は「21世紀の企業は、なりふり構わず自らの利益や存続だけを追求することはできない。社会の公器として、公平・公正・正義の考え方を持つべきだ」とかねてから話していました。この言葉をどのように実現するか、私なりに考え、公害などで社会に悪影響を与えない、地球の自然環境を大切にする企業になるという経営理念を加えたのです。社会的に意義ある企業になることによって、信頼を築きたいという思いもありました。

実はそれ以前にも、環境を守ることの大切さに気づかされた出来事があったんです。私は、かつて阪急百貨店の会長であり、阪急グループの総帥であった清水雅氏の秘書をしていたことがあります。清水氏から教わったことはたくさんありますが、環境についても多くのことを学びました。と申しますのも、清水氏は「六甲を緑にする会」の会長をしておられたのです。「六甲を緑にする会」では、荒廃した六甲山に緑を取り戻す活動をしていました。私も植樹のお手伝いをさせていただきましたが、このとき、土を触ることで心が和み、植樹によって立派な森ができることを体験しました。弊社の工場の一角を緑化したのは、この体験と、「木は賃上げを言わない。木を植えろ」という清水会長のお言葉があったからです。工場はもともと埋立地だったため、植物がまったく生えていませんでしたが、少しでも島の緑を大事にしたいと考え、「鎮守の森」を整備したのです。

環境対策で世界の先を行く日本

造船業として、どのような環境対策に取り組まれているのでしょうか。

環境への配慮は、お客さまのニーズに応える上でも欠かせないテーマです。今、世界では、輸送コストの低減とCO2排出量抑制の両面から、低燃費型の船が求められています。近年、韓国や中国をはじめ海外の造船会社が台頭していますが、日本製の船は燃費性能では負けません。たとえば、8万2,000重量トン規模の船の場合、1日の燃料消費量は約40トンといわれています。これは海外でつくられた船も含めた平均値で、日本製の船だけで平均を取ると、もっと低い値になります。日本製の新型船の中には1日の燃料消費量を20トン台まで抑えたものもあり、その燃費性能は世界で高く評価されています。

そもそも船舶は、CO2排出量の少ない輸送手段です。1トンの荷物を1キロメートル運ぶとき、航空機は480グラム、トラックは180グラムのCO2を排出します。これに対し、船舶は10グラムと格段に少ないのですが、造船業界では、CO2排出量をさらに減らす取り組みを進めています。国際海事機関(IMO)は、船舶におけるトンマイル当たりのCO2排出量を示すEEDI(エネルギー効率設計指標)について規制値を設けることを決定しました。今後、新造される外航船の多く※1は規制値への適合が求められます。この規制値は2015年、2020年、2025年と段階的に引き下げられる予定ですが、弊社の船はすでにこの厳しい数値をクリアしています。

このほかの環境対策としては、排ガスに含まれる窒素酸化物を低減する脱硝装置を船に搭載したり、生態系への影響が懸念されるバラスト水※2の適正処理を行ったり、万が一の衝突にも耐えられるよう船殻構造を強くするなど、船の環境負荷を下げる取り組みに注力しています。もちろん環境対策をすればするほどコストが高くなりますから、船価の安い海外勢とどう争うか、悩ましい問題です。しかし、最近、日本製の品質を評価してくださる船主さんが増え、それを船価に反映していただけるようになり、明るい兆しが見えてきました。数ある造船会社の中から弊社を一番に指名してくださるケースもあります。

※1:総トン数400トン以上で国際航海を行うバルクキャリア、タンカー、コンテナ船、一般貨物船、冷凍貨物船が対象。
※2:バラスト水とは、船のバランスをとるため重りとして使われる水のことで、無積載で出港するとき、海水などをバラストタンクに積み込む。積み込む港と排出する港が異なるため、バラスト水に含まれる水生生物が多国間を行き来し、地球規模で生態系がかく乱されるなどの問題が指摘されている。

みんなでおいしいご飯を食べるために

世界でもトップレベルの造船所に成長することができたのはなぜだとお考えですか。

船舶には、石油などの液体を運ぶタンカーやコンテナ船、自動車運搬船など、さまざまな種類がありますが、弊社がつくっているのは「バルクキャリア」または「ばら積み貨物船」と呼ばれる、鉄鉱石や石炭、穀物類などを運ぶ船です。弊社は、1989年、「バルクに特化」するという方針を立てました。当時、弊社は累積損失を抱えており、身の程に合った経営をしなければならないと考え抜いた末の結論でした。船種を絞れば、材料を調達しやすくなり、専門的な技術やノウハウを磨き、品質の高い船がつくれます。また、多数隻建造体制で生産性を高めることで、コストダウンを実現できます。当時、バルクキャリアのみを扱う造船会社は他になく、社内からの反対は少なくありませんでした。しかし、私には、船種を絞って技術を深化させ品質を極めれば、国内だけでなく海外の船主さんからも指名をいただけるに違いないという確信があったのです。

この戦略を進める上で重要なのが人材です。昔から「企業は人なり」といわれますが、やはり人材が何よりも大事だと感じています。社長に就任したとき、最初は「企業は金なり」と思ったんです。とにかくお金で苦労しましたから。でも、それだけでは続かない。やはり「企業は人なり」なんだと気づかされた。だから、広く天下に人材を求めようと考え、パートナー企業である住友重機械工業だけでなく、住友系以外の三菱重工業や佐世保重工業からも優れた人材を集めました。そして、彼らを要職に迎え、多彩な人材を生かす集団指導体制を築きました。この外から来た人材たちが本当にがんばってくれて、今の基礎をつくってくれました。これに加え、係長、班長、作業員が力を発揮し、そのボトムアップが弊社の経営を支えてくれています。たとえば、作業計画の調整には複雑な管理業務と多大な労力が求められますが、現場が「会社のためになるなら、やってみよう」と力を尽くしてくれたおかげで、市況がよくなる時期に合わせて操業を調整し、黒字決算を達成できたことがありました。今の大島造船所があるのは、よい造船所にしようと、力を合わせてきた社員のおかげだと思っています。

社員の力合わせを支えるものは何でしょうか。

力を合わせるには、心を合わせることが重要です。ただ、経営理念をつくったはいいけれど、それだけでは伝わらない。そこでどうしたら心を合わせられるかと悩んで、絵で伝えることにしたのです。この絵は一膳のご飯を描いたもので、「いただく」というのが命題です。毎日、楽しくおいしいご飯をいただくことは、幸せをつくること。このご飯を生み出すために、会社と社員が心を1つにして、モノづくりに励む。企業の利益のために社員を働かせるのではなく、一人ひとりが自分の家族の幸せのために働く。絵を使って視覚的に伝えることで、こうした思いが共有されていったと思います。

また、造船所にある1,200トン級のクレーンには、「地域とともに」と「明るい大島、強い大島、面白い大島」というモットーが書かれています。2014年11月に設置する新しいクレーンにも、「地域とともに」「心ひとつに、がんばらんば」という言葉を書き入れます。ほかにも、創業からの歴史を言葉と絵で綴った『大島造船所30年小史』を制作するなど、できる限りわかりやすい表現で伝えることにより、社員が同じ思いを共有できる環境づくりを行っています。

創業以来、社員たちは1つの破れ傘の下で「苦しい、苦しい」と言いながら、度重なる造船不況を乗り越えてきました。会社が廃れたら我が家は闇。我が家が闇なら、会社も廃れる。我々は運命共同体であり、社員はみんな家族です。だから、社員は「この会社を潰してはいけない」と思うし、会社は「家族を路頭に迷わせてはいけない」と思うんです。過去には、経営が悪化し、どうしても雇用を維持できない時期もありました。しかし、リストラではなく、「出稼ぎ」と称して、自動車業界などへ一時的に社員を派遣して、急場をしのいできました。家族と離れて暮らした社員はつらかったと思いますが、「大島の名に恥じないように」と派遣先でも必死にがんばってくれました。これは社員にも会社にもつらい経験でしたが、このことが互いの信頼関係を深めるきっかけになったと思います。最近では、三代にわたって働いてくれる社員も増えていますが、社員の信頼を裏切らない企業にならなければいけないと思っています。

100年企業を目指して

林業の世界では「木一代、人三代」といいます。植えた木が一人前になるには、孫の代までの三代かかるという意味ですが、御社は、まさに三代にわたって大島の人々に支え続けられてきたのですね。

今後もこの地に根ざして船をつくり続け、「偉大な田舎の造船会社」を目指したいと思っています。今、累積損失は解消され、業績は劇的に好転していますが、それが心配の種でもあるのです。よい状態が続けば、人間はおごりが出ます。自らの未熟を理解し、油断せず精進し続けなければ、モノづくりの技を磨くことはできません。船の設計は、船主の要望で決まります。サウジアラビアの国営海運から受注した船の設計には、7,000近くもの質問が突きつけられました。その要求を1つひとつ技術的にひもといていかなければ、満足いただける船はつくれないのです。サウジアラビアの国営海運には5隻を引き渡しましたが、結果的に5億円もの損失が出てしまいました。しかし、経験の集積、人材の育成という意味では、その何十倍の財産が残ったといえるでしょう。時には難しい注文を受け入れることも大切であり、それが技術を磨き、品質の向上につながっていくのだと考えています。

御社のユニークさは、「地場産業」でありながら、グローバルな競争環境を生き抜いてきた点にあると思います。今後、経済はますますグローバル化していきますが、御社は、どのようなビジョンを描かれていますか。

造船については、大島の地場産業であり続けると思います。海外展開も検討したことがありますが、大島での生産性を実現できないので諦めました。

一方で、新たな領域へも挑戦していきます。未来に向けて注目している分野の1つが、海洋資源の開発です。近年、海底資源を活用する動きが国際的に活発化していますが、海洋での作業に必要となるボートや設備などを手がけられるよう、現在、研究を進めているところです。

また、造船業以外の事業として、トマトの生産や焼酎の製造・販売に取り組んできました。農産事業はもともと雇用創出の一環でしたが、今後、未利用の土地を生かして農地を拡大し、地域振興に貢献したいと考えています。荒廃した農地を再生できれば、大島の環境保護にもつながります。食の安全・安心を第一義として、完全有機肥料の研究も進めています。おかげさまで、弊社が生産した「大島トマト」は高糖度でおいしいと評判になり、東京の百貨店からもお引き合いをいただいています。今後は生産量を増やし、大島の特産品にしていきたいと考えています。

弊社は、本年で創業41年を迎え、50周年も近づいてきました。次の50年、さらに100年続く企業を目指したとき、大事なのは「開かれた会社」になることだと考えます。このため、現在、積極的に人材の国際化を進めています。すでに、英国、ベトナム、中国、インドなど、さまざまな国籍の社員がいますが、今後、さらに採用を増やしていく計画です。同時に、女性の活躍支援にも取り組んでおり、働きやすい職場を整備して、能力を最大限に引き出したいと考えています。

このようにさまざまな計画はありますが、成功するかどうかはまだわかりません。大島に根ざし、地元に助けられてきた我々の原点を忘れず、地域、お客さま、従業員、家族、すべてに感謝しながら、深化と進化を続け、世界に貢献できる「特色ある世界造船所」になることを目指します。


【聞き手】
三井住友銀行経営企画部CSR室長 山岸 誠司
日本総合研究所マネジャー 井上 岳一

南 尚(みなみ しょう)

Profile

南 尚(みなみ しょう)
1957年慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、株式会社阪急百貨店へ入社。1966年株式会社大阪造船所(現株式会社ダイゾー)に転じ、1970年同社の取締役となる。1973年に設立された株式会社大島造船所にて取締役に就任。代表取締役社長、最高代表取締役などを経て、2009年1月より最高代表取締役兼会長を務める。



会社概要

株式会社大島造船所

設立
1973年
本社
長崎県西海市大島町1605-1
資本金
56億円
代表者
最高代表取締役兼会長 南 尚 代表取締役社長 南 浩史
事業内容
船舶の製造、橋梁・鉄鋼構造物の製造、農産物の栽培・販売など
ホームページ
http://www.osy.co.jp/

この情報は環境情報誌『SAFE』Vol.107(2014年10月号)の記事より引用しております。
内容については記事作成時のものとなりますので、ご了承ください。


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