藤島大の楕円球にみる夢
(2022/11/07)

ゲスト/後藤翔太氏(元日本代表)

三井住友銀行(SMBC)ほかがラジオNIKKEI第1で提供するラジオ番組「藤島大の楕円球にみる夢」は、スポーツライターの藤島大さんが素敵なゲストを迎えて、国内外のラグビーや日本代表などの幅広い情報を詳しく伝えています。
11月7日放送のゲストは、元日本代表の後藤翔太さんです。

藤島スポーツライターの藤島大です。ゲストは元日本代表のスクラムハーフ後藤翔太さんです。よろしくお願いします。

後藤よろしくお願いします。

藤島この番組に過去にも登場していただいていますけれども、略歴を、私の方から話します。1983年1月、大分県生まれ、高校は神奈川の桐蔭学園、その印象が強いんですけど、生まれたのは大分県ですね。

後藤はい。

藤島桐蔭学園高校から早稲田大学へ進学。2005年、神戸製鋼所へ入社。ルーキーの年からスクラムハーフとして試合に出場しています。トップリーグ新人王も獲得しました。ジャパンにも選ばれて2005年のウルグアイ戦が初キャップ。2011年に現役を引退します。2013年2月、追手門学院大学女子7人制のラグビー部ヘッドコーチに就任します。早稲田大学ラグビー部のコーチも務めました。
現在、株式会社識学に在籍しています。ここは大事なんですけれども私の聞いた話では年内にベースボールマガジン社から『パスの神髄』というタイトルの新刊を出版する予定になっています。

後藤ありがとうございます。今回初めて本の話が公に情報として外に出ます。

藤島パス1本で本を出すというのはすごく面白いし、読みたいし、今の時代に合っているというか一つのことを深く語る、述べる、これが今なんとなく求められているように思います。私自身もそういう本を読むと楽しいし、為になるし、いいところに着目しましたね。

後藤僕にはそこしかなかったと思っています。スクラムハーフは小さい選手が多いですけれども、僕は本当に小さくて、足も遅く、力も弱く、パス以外では活路を見出すことはできなかったんですね。ラグビーのプレイヤー人生はパスの研究に全てを捧げたと言ってもいいかなと思っていまして、パスについて話ができるものは少しはあるかなと思います。

藤島私、秘密の数字をさっき入手しました。「143、38」という数字を。

後藤僕が中学1年生のときの身長と体重ですね。

藤島143センチ、38キロは中1の男子としては?

後藤かなり小さかったと思います。制服も背が伸びるだろうという期待を込めてだぼだぼの制服を作ってもらったような記憶があります。小さかったのもそうですけれど、小学校のラグビースクールの先生には「鈍足翔太」と言われるくらい、走るのも本当に遅くて。鈍足翔太は愛情ですけどね。たぶん代表になると思った人は誰もいないんじゃないかなと思います。

藤島今回の本ですけれども、ハーフのパスについて書いてあるのかどうか、その辺はどうなんでしょう。

後藤ハーフだけではなく一般的にパスについて書いています。

藤島高校生、中学生が聴いているとして、ハーフのパス、何がまず大事ですか?

後藤パスって後ろにしか投げられないじゃないですか。パス自体は、要は目的に対してマイナスのことをやっていると思うんですね。前に行きたいのに後ろに投げないといけない。でもこのパスがつながっていくことによって前に出られる。前に出ることができる可能性を信じて投げるわけですね。そういう意味でいくと、自分よりも後ろにいる次の人に、自分よりいい状態になってもらう、そういう思いがまず前提にないといけないというのがパスの一番最初かなと思っているんですね。

藤島スクラムハーフとしてもまずそこが一番?

後藤はい。技術的な話はその上に乗っかってくる。やっぱり自己満足になってはいけないというか、「俺はこんなスピードでこんな速いパスが投げられたんだ」と言ったとしても、受け手が自分よりも前に出られる状態になっていなかったとしたら、パスとしては駄目なんじゃないかなと思うんですよ。

藤島高校生に今もたまにコーチするんですけれど、ハーフも含めて肩に食い込むパスをするぐらいだったら前にパスミスしろって一応教えるんですね。前にバウンドしたらまだいい、肩に食い込んだらまさに勢いをそぐ。これはちょっと極端すぎますか?

後藤おっしゃる通りだと思います。前にボールを持って行く手段がパスだと思うので。地面にバウンドしたボールの方が、ディフェンスはちょっと崩れやすかったりするときもあるじゃないですか。セブンズをやっていたときはわざとバウンドさせてボールをつなぐことができないかなと考えたりしたこともありました。

藤島ハーフのパスをもう少し聞きますけれども、例えば体重移動、ボールの回転、みんな興味あると思うんですね。普通の学校のハーフの人が1人で練習するとき、何を考えれば?

後藤たぶん体重移動で投げない方がいい。僕はゴルフでも野球でも理屈は全部同じだなと思っていて、例えば野球のピッチャーがキャッチャーに向かって走り続けることはないじゃないですか。投げた瞬間にピタッと止まるじゃないですか。体重を移動させようとすると体が投げたい方向に動いてしまって力が抜けちゃうんですね。

藤島流れちゃう。

後藤もちろんラグビーのパスは、投げた方向で接点、ブレイクダウンが起きることが多いので、そっちの方向にハーフが走っていく確率は高いです。ただフォローに行くこととパスを投げることは切り離して考えた方がよくて、パスを投げるという観点では投げたその場で止まることができるのが僕はすごく重要かなと。ですから、例えば投げる方向につま先を向けちゃ駄目なんですよ。つま先が向くと力が漏れていくので、ちょっと内側を向いている方がいい。もうちょっと言うと、投げた瞬間にピタッと止まることができるというのは例えばディフェンスがもしずれたときに自分が反対方向に行くというオプションを持てるということなんですね。

藤島なるほど。次の手を持てる、と。
みんなが興味を持つことにはボールをどうスピンさせるのかということもあります。

後藤野球で言うストレート回転にしないといけないですね。要はバックスピンがかかるようにボールを回転させないとパスの受け手からボールがどんどん離れていくような回転になってしまう。よく片手でボールを持って、スクリューパスの練習みたいなのがあるじゃないですか。バックスピンはたぶん不可能ですね。野球で言うシュート回転というか、受け手から落ちていくような回転軸になる。

藤島つまりパスは究極的には両手で投げるんだから最初から両手で練習した方がいいと。

後藤おっしゃる通りです。

藤島後藤翔太はたぶん最初は我流で練習していくわけですよね。どこかで誰かに習ってこれが大きかったとかありますか。

後藤ちょっと生意気に聞こえるかもしれないですけどやっぱりなかったんですよ。

藤島もう全部自分で?

後藤はい。でも動きとしてすごく理にかなっているなと思ったのは大学1年生のときに4年生だった田原耕太郎さんです。パスが本当にきれいで柔らかくて。でも耕太郎さんはなぜそういうパスができるのか、たぶん考えなくてもできる方だと思うんですよ。僕はもともとできなかったので、なぜどうやったらできるのかを考えてきました。全部説明できる自信があるほどです。

藤島田原耕太郎はサントリーでコーチをしたりいろいろ重責を担っているんですけれど、サントリーに南アフリカ・スプリングボクスのスクラムハーフ、フーリー・デュプレアが在籍したんですね。2011年に来たのかな。田原耕太郎が言っていましたね、デュプレアはもうすごくうまいと。「何が、どこが」と聞いたら、短いパスをフォワードにパスするときに、すっとボールが全部垂直に立っている。絶対ノックオンしないように放る、と。

後藤僕はですね、当時はいいボールをどうパスするか、どうスローするかを考えていたんですよ。でもデュプレアを見たときに、パスって次の人が自分よりも前に出ないと意味がないんだと思ったんです。

藤島ここで先日のジャパンとオールブラックスの話を。端的にどういう印象を持ちました?

後藤ジャパンはやれるということですよね。逆に是非お伺いしたいんですけれど、長年ジャパンまたはラグビーを見続けている大さんにとってジャパンがああいうゲームをオールブラックスとしたのはどうだったんでしょうか?

藤島私はあの1987年に国立競技場で100点取られたのを見ていたのでもちろんここまで来たかと思いますけれども、その前にオーストラリアAに負けるともう怒りに近い、負けていいのかと思ったんです。つまり、それがラグビー国力ですよね。普通の人も含めてそういう気持ちになっていく、戦えるんだと。それがないとやっぱり一過性に終わってしまう。
このオールブラックス戦、スクラムハーフは同じチームの2人、先発が流大、途中から齋藤直人、元ジャパンのハーフの先輩としてどう見ました?

後藤本当に甲乙付け難いというのが正直なところですね。流選手は経験豊富ですし、例えば同じことを言ったとしても、その聞き手がやろうと思うかどうか、たぶん違うと思うんですよね。そういった言葉の重みみたいなものがあるんじゃないかなと思います。齋藤直人選手にないのかというと、もちろんそうではなくて、単純に長く生きているかどうかの時間の差による経験値の違いかなとは思うんですね。齋藤選手も入ってきた瞬間にスピード感がやっぱり上がりますし、だから役割分担なんじゃないかなと思うんですね。

藤島2人のパスは違いがあるんですか?

後藤流選手の方が少し柔らかさはあると思いますね。僕は齋藤選手が大学生のときにコーチをしていて、毎日2時間ぐらい彼のパスをキャッチしたんですよ。彼自身に力が、能力があるんですよ。ボールがものすごく強くて、これは能力のある人じゃないとキャッチができないと思いました。

藤島高校生だったら全部ノックオンしてしまう。

後藤飛ばされちゃうと思います、手が。試合であの鋭い力強いパスをキャッチしながら次のことを考えるのは並大抵の能力じゃない。要は受け手にも能力が求められるな、というのはすごく感じましたね。

藤島女子のワールドカップはどう思いました?

後藤サクラフィフティーン、今持っている力を精一杯出し切った素晴らしいワールドカップの戦いだったんじゃないかなと思いますね。別に上から目線という気持ちではなく、ちゃんとしているなと思っていて。なぜちゃんとしていること自体がすごいかと言うと、女子の国内の15人制の大会ではなくて試合、年間で経験できるのは少ない人はゼロだったり、多い人でも多分2か3ぐらいだったりだと思うんです。ちゃんと15人制ラグビーをするだけでかなりすごいことなんじゃないか。

藤島試合を見ているとやや展開一辺倒になったり、そういう印象を持つんだけれど、これも持たざる側をコーチするとなんとなく分かるんですけれど、一辺倒で行くからあそこまで行く。最初からいろいろなことをするとそこまでいかないんですよね。

後藤僕もいろいろなチームを見てきましたけれども、ちょっと能力に劣るであろうチームが強い相手に勝つためには何かに力を集中するしかないと思うんですよね。あえて勇気を持って他のところを捨てる。そこの部分は少しやられても仕方ないと腹をくくることも必要だなと思います。

藤島再びパスの話なんですけれども、先ほどスクラムハーフのパスの要点を聞いたんですが、ジェネラルのパスも「人を前に出す」は同じですか?

後藤同じだと思いますね。受け手の自由度を高めるっていうところがやっぱりパスの一番大事なところだと思いますし、逆に言うと受け手の自由度が高まっているのであれば極論、回転はどうでもいいし、ワンバウンドした方が受け手の自由度が高まるときもあるかもしれない、ということだと思うんですよね。
ちょっと話変わっちゃうかもしれないですけど、花園でこの間マスターズの試合があって、91歳ぐらいのスクラムハーフの方が出場されていました。その方のインタビューでこうやってパスをつなぐのが何よりも喜びだ、みたいなことをおっしゃっていて、ちょっと涙が出そうで。やっぱりそういう方がラグビーを、パスをつないできてくださったから今みんなラグビーができるわけです。今僕がやれることはラグビーの良さ、素晴らしさを皆さんにいかにお伝えしていくか、次の世代にパスできるかということが大事なんじゃないかなと思っています。

藤島パスの話は250回ぐらいできそうですね。『パスの神髄』、ぜひお読みいただけるとありがたいです。今日のゲストは、元日本代表のスクラムハーフ後藤翔太さんでした。ありがとうございます。

後藤ありがとうございました。

11月7日ラジオNIKKEI放送
「藤島大の楕円球にみる夢」
text by 松原孝臣

ラジオ番組について:
ラジオNIKKEI第1で放送。PCやスマートフォンなどで、ラジコ(radiko)を利用して全国無料にて放送を聴ける。音楽が聴けるのは、オンエアのみの企画。放送後も、ラジコのタイムフリー機能やポッドキャストで番組が聴取できる。動画版はU-NEXTで配信中。

11月7日放送分ポッドキャスト http://podcasting.radionikkei.jp/podcasting/rugby-radio/rugby-radio-221107.mp3
U-NEXTでは画像付きの特別版を配信 https://www.video.unext.jp/title/SID0090286