藤島大の楕円球にみる夢
(2026/03/02)

ゲスト/今野椋平氏(慶應義塾大学蹴球部126代目主将)

三井住友銀行(SMBC)ほかがラジオNIKKEI第1で提供するラジオ番組「藤島大の楕円球にみる夢」は、スポーツライターの藤島大さんが素敵なゲストを迎えて、国内外のラグビーや日本代表などの幅広い情報を詳しく伝えています。3月2日放送のゲストは、慶應義塾大学蹴球部126代目主将の今野椋平さんです。

藤島スポーツライターの藤島大です。ゲストは慶應義塾大学蹴球部、ラグビー部。蹴球はまた伝統を感じさせますけれども126代目、これまた長い歴史を誇る日本のルーツ校のキャプテン、今野椋平さんです。よろしくお願いします。

今野よろしくお願いします。

藤島私の方からプロフィールを簡単に紹介します。2003年11月17日生まれ、神奈川県出身ですね。5歳で神奈川の田園ラグビースクールでラグビーを始めて、桐蔭学園中学ですね、つまり、あの強い桐蔭学園高校のその付属というか、中学に入る。高校2年生でレギュラーになってスタンドオフなど複数のポジションをこなしながら、花園の連覇を果たしたその一員だった。3年のときはバイスキャプテン、このときは花園の準決勝で國學院栃木高校に敗れる。高校日本代表候補にも選ばれて、そこから慶應義塾大学に入ります。
1年から早速レギュラー、2年のときはU20の日本代表にも選ばれました。まだ記憶に新しいですけれども2025年度主将としてチームを率いて、リーグワンに進むかなっていう見方もあったんですけれども、卒業したら、一般企業、三井不動産への就職が決まっています。ポジションはセンター12番ですね。フルバックもこなします。
最初から聞くことは私、決まっていて、ラグビーファンの人は記憶にあると思うんですけど、対明治戦ですね。慶明戦、ちょうど100回目の試合でしたけれども、慶應が最終盤、22対24、2点を追っているときに、見事な反撃に出て、どんどん繋いで、観客席が絶叫というかね、明治ファンはもう不安になるし、慶應ファンもこれはいつか見た光景だと。
そのときに、ラックから出たボールを今野キャプテンが、あえて言います、なぜかタッチに蹴り出して終わらせてしまった。でもあのときあの瞬間に、本当に尊いと思いましたけどね。ここまでキャプテンが夢中になっているんだと。というのは伏線があって、その前に4分20秒だったかな、私カウントしたんですけど、明治大学の猛攻をゴール前で耐えに耐えてしのいでゴールラインドロップアウト、トライラインドロップアウトにしてそれを蹴って、そこから明治が攻めたとき、ノックオンしたんですよね。そこからのアタック、そういう流れがあります。今更ですけどもなぜそうなったか。

今野あまり自分でも振り返りたくない記憶ではあるんですけど、正直なところで話すと勘違いをしていました。4分半ぐらいを守り切ったときに、勝っているんじゃないか、もうスコアボードを確認するのも忘れてしまっているぐらい錯覚してしまって、そのまま蹴り出してしまったっていう経緯があります。

藤島でもゴール前で守っているときに、キャプテンがスコアボードを見たらトライされていたんじゃないですかね。
あれは確かね、25フェーズですね。25フェーズ、ゴール前でしのいだ。守っているときはどんな感じだった?

今野これ取られたらまずいなっていうところでチームをずっと鼓舞し続けて、チーム全体が一丸となってプレーをできているすごい状態で、そこで守り切れて、これは勝っているってそこで感じてしまっていました。学生コーチがウォーターで1回入ったんですけど、エリア取りをする戦術とボール保持する戦術の2つがあって、自分は1回奥に行って陣地を取ってから落ち着いてプレーすれば、ディフェンスもいいし勝てるんじゃないかって学生コーチに話しました。そうしたら「何を言ってるんだ」みたいな感じもちょっとあったんですよ。

藤島向こうは驚いた。

今野監督に確認するとなって確認したら、「継続しよう」と。僕はどうなっているんだろうと理解しないまま、でももう笛鳴って。

藤島僕はあのとき放送席にいて、最初はペナルティをもらったから念を入れてタッチを蹴った、その次にものすごく危険な怪我がラックか何かであってフェアに出したってちょっと思った。でも直ちに、多分間違えているなって。

今野もう喜ぼうかなって思うぐらいだったんですけど笛が鳴った後にしーんって会場が静まりかえって、あれ?みたいな感じになって、ボードを見てやってしまった、と。

藤島長くラグビーを見ていると慶應と明治の試合でこういうこと、何回かあるんですよね。慶應が土壇場で繋ぎに繋げて、劇的な逆転をする。僕はあのフェーズに入ったと思って、あのときギリギリのパスがことごとく繋がっていた。慶應が乗るとああなるんですよ。80年代の慶應なんかそんなにバックス上手じゃないんだけど、急に乗るとパスがどんどん繋がる。あんな感じだったでしょう。

今野練習でミス起こるのに、なんでこんなに繋がるんだろうみたいな感じでしたね。

藤島自分は2点勝ってると思っているのに仲間がどんどん繋いでいく。どういう感じだったんですか?

今野いや本当に錯乱しました。何でまた回してくるんだ?みたいな。途中ピックして固めて蹴り出そうと。でもボールが出てきて、回すから何でだろうと思いながらやっていて。そのときもレフリーにずっと時間を聞いて、ピックしているときから「ノータイムです」って言われて。

藤島レフリーも、負けてるから焦って聞いてきているな、と思ったでしょうね。

今野本当に申し訳ないですけど、何でレフリー、伝えてくれなかったんだろうって。冗談ですけど。

藤島あれ、トライ取れそうだったでしょう。

今野明治も足つっている選手が2人ぐらいで、どっちに攻めても余ってるような状況だったので、トライまでいけたなっていうのはたらればではありますけど感じますね。

藤島これは私の責任で言い切りますけど、僕は多分慶應が逆転したと思うんですよ。そうしたら明治の日本一はなかったんじゃないかな。あそこで負けてたら立て直せなかった。

今野明治の選手はU-20で結構かぶっていたり桐蔭の後輩が多くて知り合いが多いんです。試合が終わった後、明治の選手がバスに乗るときに会って、明治の選手に「お前どうしたんだ、脳震盪か」みたいな心配をめちゃくちゃされました。

藤島ロッカールームへ引き上げますよね。どうだったんですか?

今野ロッカーに入ること自体も嫌なくらい足取りが重かったんですけど、入ったらみんなから「大丈夫か」って声をもらうと同時に、下級生の子たちからも「何してんすか」みたいにいじられて。後輩からキャプテンがいじられるぐらい、それほど風通しが良かったチームだったのかなっていうのはありますけど、1人になることはなかったのでそれはすごくありがたかったかなと思います。
OBの方とかが会場を出たところで待っていて声をかけてくださったり、その日の夜も同期と過ごしたり、あとは代がかぶっている先輩とかからもすごい連絡があったり、高校時代の子とか電話をくれたり、通知が鳴り止まないみたいな感じでした。あと、その日の夜中に車で遠くから先輩が来てくださって。僕が1年のときの4年だった中村大地さんっていうよくかわいがってくださっている先輩なんですけど。本当にやらかしてしまったのを自覚しながらも、次に向けてもバネにしないと、と次の日の練習からは、一応切り替えてみんなの前に出て練習した記憶がありますね。

藤島明治の竹之下仁吾選手が帝京に勝ったあと、「桐蔭学園出身の人間が仕切るミーティングがすごい」って言っていました。彼は報徳学園ですが「報徳、無力です」と。桐蔭で仕込まれるんですか?

今野自分のラグビー人生で一番成長したなって思えるのはやっぱり高校の3年間。あの経験はすごく大きかったですし、それこそミーティングを重ねることで自分たちが自信をつけて、しっかり準備をして試合中にどんなことが起こってもいいように全て想定しておく、というのを重ねてやっていたので、それがもう染みついてるのかなと。

藤島慶應にも桐蔭式のやり方を導入して?

今野独特のやり方なのかちょっと分からないですけど、キャプテンか司令塔になるプレーメーカーの人が前に立って喋って仕切りながら、全員から意見を聞きます。桐蔭時代は当てなくてもみんながどんどん喋るような環境で、去年までは結構当てる感じが多かったんですけど、色々な人が喋ってくれるような、堅苦しくなくフランクな雰囲気作りをしました。

藤島それは学生だけでやるんでしょう。

今野そうですね。コーチは一切関与しないです。

藤島高校のときに日本一になったことがある。頂上を知っている人間と知らない人間で多分違うと思う。その辺はどうだったんですか?

今野どういう気持ちで入部しているのかという覚悟も差はあるのかなと思って、意識していたのは桐蔭と全く一緒のことをするのではなく、その代に合った色を出してチーム作りをしていくことを大事に、目標にどれだけ本気で向かっていけるかを心がけてやっていました。

藤島今日、話に出た明治戦のメンバーを見ると先発で1年生が3人、2年生が6人、4年生が4人、3年生が2人。つまり1、2年生が多いんで、これからどんどん強くなりそうな感じがするんですよ。その辺、一緒にプレーしてどうですか。

今野そうですね。同期もそうですけど後輩たちにはすごく助けられた1年間だったので、ここからの慶應が楽しみと思いつつも、自分たちも優勝したかったなっていう気持ちもあります。だから後輩に思いを託したいと思います。

藤島慶應のキャプテンシーで難しいって外から見て想像するのは、伝統のある附属高校があって、入試を突破してきた外部の無名の高校の選手もいて、桐蔭学園のようなトップレベルを知る選手もいて、目標を一つに定めていくときに結構難しいんじゃないかなと想像するんですけど。

今野色々な人が混ざっているのは慶應の良さでもあるのかなっていうふうに思うんですけど、チームをまとめるときに意識していたのは、その代に合ったキャプテンシーを出してチームを引っ張っていこうということです。信頼を築くのは後輩たちが多く出ていた中で大事だったので、色々な人とコミュニケーションをとってどういう思いでラグビーをしているのか自分の思いを伝えたり、雑談とかで距離を縮めたりしながら、チームの目標に対して頑張ってくれる存在を増やしていこうとしました。部員が150人もいる中で、全員が同じ方向を向いてやるのはすごく難しいことだと思うので、1人ずつでも巻き込んでいくのは意識していましたね。

藤島なるほど、社会で役立ちますよね。ラグビーをこれからも続けていく選択肢もあった、多分そういう声もかかるだろうし、でもあえて三井不動産、一般企業を選んだ。説明するとどういう心境で?

今野大学に入学するときにも、必ずしもプロ1本の選択肢ではないところに行きたいなと思っていて、ご縁があって慶應に入学したんですけど、一つは膝の怪我もあっていいプレーをし続けられるのかなっていう体との相談もありました。ラグビーを終えてからキャリアを積み重ねて社会人になっていく道もあったと思うんですけど、今まで踏み込んだことのないラグビーじゃない世界で、どれだけ活躍できるのか全然分からないですけど、未知なところに挑戦したいなっていうのはありました。

藤島これからも何らかの形で、例えばクラブでラグビーをするとか指導者になるとかあるかもしれないけれど、桐蔭学園、慶應義塾大学というコースを歩んでひと区切りがついた。今、自分のラグビーをどう総括していますか?

今野自分自身としては、自分が歩んできたところは間違ってなかったなっていうのは思いますし、何一つ悔いはないです。最後、本気で日本一っていう目標を立てて、チーム全員で目標に向かってやっていたので、結果を残せなかったというのは周りにも申し訳ないですし、悔しい思いでいっぱいです。それでも努力し続けて一丸となって過ごしたあの日々というのは絶対に無駄じゃなかったと思うので、振り返ってすごく良い記憶ですし、ラグビーを通して人としても成長できたかなって感じます。

藤島立派な締めくくりですね。今月のゲスト、慶應義塾大学蹴球部、ラグビー部126代目キャプテン今野椋平さんでした。ありがとうございます。

今野ありがとうございました。

3月2日ラジオNIKKEI放送
「藤島大の楕円球にみる夢」
text by 松原孝臣

ラジオ番組について:
ラジオNIKKEI第1で放送。PCやスマートフォンなどで、ラジコ(radiko)を利用して全国無料にて放送を聴ける。音楽が聴けるのは、オンエアのみの企画。放送後も、ラジコのタイムフリー機能やポッドキャストで番組が聴取できる。動画版はU-NEXTで配信中。

3月2日放送分ポッドキャスト http://podcasting.radionikkei.jp/podcasting/rugby-radio/rugby-radio-260302.mp3
U-NEXTでは画像付きの特別版を配信 https://www.video.unext.jp/title/SID0100786