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「最重視するのは第一戦。起用法も変えない」
SMBC日本シリーズを5度制した工藤公康が語る極意

2022.10.18
Tie-upNumber Web

工藤公康が監督となった2015年、引き受けたのは前年に日本一となったホークスだった。つまり、『勝って当たり前』と言われるチームを率いることになったのである。

「そのプレッシャーは監督を引き受けるときに覚悟はしていました。何しろ(孫正義)オーナーから『工藤君、10連覇してくれよ』って言われましたから……でも、そこで大事なのは『えっ、10連覇?』と引いてしまうのではなく、『ハイ、10連覇ですね』と受け止めて、そのためにどうすればいいのかを考えることでした。僕はその言葉を聞いて、すぐ前のめりになれました。だって、それがチームを預かる監督の仕事ですからね」

ホークスを預かった工藤が10連覇を意識して最初に手掛けたことは何だったのかと訊くと、意外な答えが返ってきた。

「まずはユーティリティプレイヤーを作ろうと考えました。チームを見渡したとき、レギュラーはしっかりしていたんですが、内野は守れるけど外野はできないとか、レフトは守れるけどセンターは無理だとか、そういう選手がほとんどでした。だから牧原(大成)君とか川島(慶三)君、福田(秀平)君とか、足のある、守備のいい選手をどう使うかを考えて、チームを作ってきたんです」

「一番、嬉しかった」2017年の胴上げ

そうした工藤の戦略が、やがて戦術として結実する。2017年のSMBC日本シリーズは、『似たようなチームと対戦するのはイヤだった』という工藤が、ホークスに近い投打のバランスだと分析していたベイスターズとの対戦となった。監督1年目の2015年に日本一となり、2016年にファイターズに敗れて悔しさを味わわされた翌年、リーグ優勝と日本一を勝ち取った2017年の胴上げを、工藤は「一番、嬉しかった」と言った。

「第1戦から3連勝して、第4戦から連敗。試合を重ねるにつれて相手が強くなってきました。これはヤバいなと思ったときに、川島君が最後、決めてくれて日本一になることができたんです。あの第6戦で決められなければ逆転されていたかもしれない。あの日本シリーズが一番しんどかったですね」

野球の神様の存在を感じた瞬間

野球の神様の存在を感じた瞬間

写真:杉山ヒデキ

ホークスとベイスターズの激闘――ホークスが王手を懸けて福岡で行われた第6戦は、川島慶三のサヨナラヒットで決着がついて、ホークスが2年ぶりの日本一に輝いた。当時、プロ12年目、34歳だった川島に、3−3で迎えた延長11回裏、ツーアウト一、二塁の場面で打順が回る。ここまでの川島は4打数ノーヒット、3三振。代打が出てもおかしくない場面で、しかし工藤は川島をそのまま打席へ送り出した。そして川島が期待に応えてストレートに食らいつく。一、二塁間を破った当たりは前進守備のライトの前に転がった。二塁ランナーが三塁を蹴る、ライトがバックホーム。その直後、ボールがホーム手前の土と人工芝との境目にバウンドして、大きく跳ねてしまったのだ。キャッチャーが後ろに逸らし、サヨナラでの日本一――。

「あのプレー、タイミングはアウトだったんです。でもワンバウンドしたボールが異様に跳ねたでしょう。あんなことは僕の野球人生で一度もなかった。あれは野球の神様の仕業だと思うんです。僕は川島君とはいつも『ベンチを頼むな』と話をしてきて、彼の野球に対する想いとか、勝ちたいという気持ちを感じてきました。だから、それまでエラーもしたし、打てていなかった川島君を送り出しました。ミスをしたからこそ、チャンスを与えなければならない。野球の神様に好かれていれば、必ず助けてくれる。選手が何をやってきたか、何を積み重ねてきたかは、野球の神様がきっと見ていると思ったんです」

日本シリーズの前に選手に伝えた3つの言葉

選手のときは神頼みとは無縁だったという工藤は、しかし監督としては試合前にやるべきことをやり尽くそうと意識してきた。

「選手にとって何が大事なのかと言えば、自分が必要となる場面はどこなのかがわかるということです。ベンチからのスタートになる試合で、どういう場面に出ることになるのか。それを選手に伝えるのは試合前です。試合が始まる前のミーティングでシミュレーションは終わっています。どういう場面で誰が行くのか。それをきちんと伝えられれば、選手が勝手に動いてくれるようになるんです。だから僕は、日本シリーズの前には選手に伝えるべきことを紙にしたためて渡していました。『体の準備』、『心の準備』、『頭の準備』の3つのタイトルをつけて、伝えたいことを個条書きにする。それを選手のロッカーに置いて、読んでおくように伝えました。口で言って聞かせようとすると選手が意識過剰になってしまうことがありますが、字になったものを読むとスッと心に落ちてくるんですよね」

昔は第2戦、今は第1戦が大事

昔は第2戦、今は第1戦が大事

写真:杉山ヒデキ

選手に準備をさせながら、同時に工藤は監督として緻密な戦術を駆使する。SMBC日本シリーズで重視していたのは第1戦だ。

「選手には第1戦が大事だと伝えます。昔は第2戦が大事だと言われていて、僕も選手のときにはそう思っていました。でも今は第1戦が大事です。それは今の選手たちは精神面が結果に大きく作用するので、勝つと勢いが出るからです。そこを考えると、第1戦に勝つことはすごく大事になってくる。逆に第2戦はどうでもいい(笑)」

監督としての工藤は、SMBC日本シリーズに5度出場して、第1戦は引き分けを挟んで4連勝と、一度も負けていない。

「そのために日本シリーズだからといって起用法を変えない。ここが大事なんです。特別なことをしない。長いシーズンも短期決戦も、同じじゃなければダメなんです。そうじゃないと、選手に『監督、どうしたんだ』『急に違うことをやり出したぞ』と思われてしまう。選手って、監督のことをよく見てますからね。だからこそ、まず僕が何も変えないようにしなくちゃならない。短期決戦の戦い方というのは、早く動くことではありません。短期決戦を戦うために、シーズンでどんな戦い方をしてきたかということに尽きるんです」

あの1本が、あの1球が違っていたら……

ユニフォームを脱いだ今年、工藤は再び大学院で学びながら、野球をやる子どもたちの障害(怪我等)の予防を啓蒙する活動を行っている。久しぶりに外から観るSMBC日本シリーズは、工藤の目にはどんなふうに映るのだろう。

「日本シリーズは紙一重です。どんな勝敗で終わっても、圧倒的だったと思うのは見る人の主観であって、当事者はあの1本が、あの1球が違っていたら結果は変わっていたと思うことがいっぱいある。そういうプレッシャーの中に身を置いてきましたから、今年はそういうところから解放されて、楽しく試合を観られたらいいなと思っています」

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