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栗山英樹が葛藤した4年。激戦を経て辿り着いたSMBC日本シリーズで見えた光明と落とし穴

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栗山英樹が葛藤した4年。激戦を経て辿り着いたSMBC日本シリーズで見えた光明と落とし穴

Text by : 石田雄太 / Photograph by : Hideki Sugiyama

栗山英樹はファイターズの監督1年目、いきなりリーグ制覇を果たした。今から11年前、2012年のことだ。そのときはジャイアンツに敗れて、日本一にはなれなかった。敗れた直後、指揮官は「日本一は宿題」だと言った。

そのオフ、栗山はとんでもない宝物を手にすることになる。それが花巻東高校の大谷翔平だった。ドラフト1位で獲得したルーキーを、ファイターズはピッチャーとバッターの“二刀流”で育てようとしていたのだ。栗山は当時をこう振り返る。

「勝つことは難しいけど、勝ち続けることはもっと難しいんです。本当はずっと連覇したいけど、チームの骨格を変えなければならない時期だというのは明らかでした。最初の年に勝ったことで、そのための時間ができたということはあったと思います。勝つと、若い人のために、チームの将来のために費やす時間をもらえます。そういう意味で、1年目のリーグ優勝は説得力になりました。実際、翔平の二刀流に対してはいろんなことを言われました。『潰れたらどうするんだ』『プロを舐めるな』って……でも僕には翔平ならできるという信念がありました。1年目の優勝があったから、時間をもらえたから、その信念を貫くことができたのかもしれません」

日本一になるために
「大谷翔平で勝ってやる」

監督2年目、ファイターズは最下位に沈んだ。3年目にはリーグ3位となってCS(クライマックスシリーズ)に進むも、ファイナルステージでホークスに敗れる。そして4年目、2位でCSへ進みながら、ファーストステージで3位のマリーンズに敗れ、またも日本一への挑戦権をつかむことはできなかった。栗山はこう続けた。

「日本一になるためには、勝つチームの形にしていかなければなりません。そのためには、それぞれのレベルを引き上げなければならない。投手力、野手の力、チームとしての組織力、すべてがもう一つ上のレベルに行かないと日本一にはなれません。そのためにピッチャーの軸を大谷、バッターの軸も大谷でいこうと考えていました。チームに二刀流の大谷翔平がいるというのはドラマなんです。それは大きかった。大谷翔平で勝ってやる、と思っていました」

最下位になった2013年、大谷はピッチャーとして3勝、バッターとして3本のホームランを打って、二刀流でプロの世界に挑むことを世に示した。3位からCSへ挑んで敗れた2014年、大谷はピッチャーとして11勝、バッターとして10本のホームランを打って、NPB史上初の同一シーズンでの2桁勝利、2桁ホームランを達成した。そして2位になりながらまたもCSで散った2015年、大谷はピッチャーとして15勝を挙げて、勝率、防御率とあわせてタイトルを獲る。しかしながらバッターとしては壁にぶつかり、打率.202、ホームラン5本と低迷する。

大谷に開幕投手を託し、
ローテーションの柱に

「優勝できなかったシーズンを3年も続けてしまって、でもその3年間で(中田)翔に4番を、(西川)遥輝に1番を任せられるようになりました。コンちゃん(近藤健介)もタク(中島卓也)も力を蓄えて、チームとして結果を出せるだけの力はついてきていた。あとは翔平……ピッチャーとしては大事な試合で負けない姿を見せてほしかったし、バッターとしてもホームラン20本は打てる。僕は翔平が持ってるものの大きさを信じていたし、彼がチームを噴火させるマグマにならない理由はないと思っていました。今でこそ、打つほうも投げるほうも試合に出るのは当たり前に見えるかもしれませんが、両方の能力を発揮し始めたあの時期、翔平の“投げる”と“打つ”をどうやって使ったら優勝できるのか。そこが何よりも難しいところでした」

2016年、栗山は大谷に2年続けて開幕投手を託し、ローテーションの柱とした。バッターとしても登板前後を休ませながら、主軸を打たせて二刀流をチームの勝利へ結びつけようとした。夏を前に、最大で11.5ゲーム差をつけられたホークスを追い上げるために、7月のホークス戦で栗山は大谷に“1番、ピッチャー”という、誰もが想像もしない役割を与える。すると大谷は先頭打者ホームランを打って、栗山の期待に応えた。有能な演出家と才能あふれる役者がそろって初めて、感動のドラマが生まれる、栗山と大谷はそんな関係に置き換えることができた。

「ホークスを追い掛けなければならない状況で、自分たちの野球をやればいいという話じゃない。野球で計算できるのはピッチャーだけど、ひとりのバッターが打てば勝ててしまうのも野球。打率.322、22本のホームランを打った翔平が、バッターとしてチームを勝たせたのがあの年でした」

「野球の神様に勝てと言われているような感じ」

4年ぶりのリーグ優勝、CSでもホークスを倒して、栗山は監督として再び日本一への挑戦権を得た。SMBC日本シリーズ2016――相手はセでリーグ優勝を果たしたカープだ。第1戦がセとパのどちらの本拠地で始まるのかは毎年、交互に組まれているのだが、この年は広島から始まるスケジュールになっていた。つまり第1、2戦と、第6、7戦はセのルールでDHなし、第3〜5戦はパのルールでDHを使うことができる。

「これは野球の神様に勝てと言われているような感じがしましたね(笑)。ピッチャーの翔平を中6日以上の間隔を空けて土、日の両方(1、2、6、7戦)で使える。しかもその間の火曜の第3戦からの3試合はすべてDHで使えるわけでしょ。要するに投げる翔平と打つ翔平の両方を目一杯、使い切ることができるスケジュールだったということです。これはもう、日本一に向かって、さあ、やりなさい、と言われているようなものでしたから……でも、実際は苦しかった。翔平にはいくつか、やられるパターンというのがあるんですが、第1戦はシーズンとはあまりに違う点の取られ方でした。想定しないことが起こるのが日本シリーズ、野球の神様も簡単には勝たせてくれないなあという感じでした」

広島でふたつの誤算が
大谷を襲う

2016年10月22日、広島でふたつの誤算が第1戦の先発を託された大谷を襲う。ひとつは雨、もうひとつはミス――あの日、霧のような雨が降り続き、大谷にいつものピッチングをさせてくれなかった。雨水を吸って重くなった土は、スパイクに絡みついた。そんな悪コンディションの中、一瞬の隙がミスを招く。2回、ワンアウト一、三塁からのサインプレーで、カットすべきキャッチャーからの送球を大谷が避けてスルーしてしまったのだ。結果、ショートとのタイミングがずれて、カープに先制の1点を与えてしまう。4回には松山竜平、ブラッド・エルドレッドにホームランを打たれて、ファイターズは1−5の完敗。カープに難攻不落のイメージを与えていた二刀流の落城は、1敗以上のダメージをファイターズに与えてしまった。

「せっかくリーグ優勝したのにCSでまた、あの強いホークスに勝たなきゃいけない……それが大変すぎて、日本シリーズはご褒美だから思い切りやればいいと思っていたのに、逆にプレッシャーがかかっちゃったのか、みんな、どうしたの、ぐらいの感じでした。監督1年目の日本シリーズも連敗から始まって、また今回も……だからこそ、勝負はここか ら、やるべきことをやっていれば必ず野球の神様は見てくれている。だから連敗しても、意外とバタバタしてなかったような気がしますね。すごく冷静で、とにかく打つ手を間違えないように、それも絶対に遅れるなよ、早めに仕掛けていけよ、というふうに自分に言い聞かせていました」

広島で連敗したファイターズは、札幌へ舞台を移して第3戦を迎えた。大谷は3番DH――今度はバッターとして、カープの前に立ちはだかることとなる。