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「野球の神様が翔平を壊したくなかった」栗山英樹が考える、黒田博樹と大谷翔平の投げ合いが幻になった意味

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「野球の神様が翔平を壊したくなかった」栗山英樹が考える、黒田博樹と大谷翔平の投げ合いが幻になった意味

Text by : 石田雄太 / Photograph by : Hideki Sugiyama

SMBC日本シリーズ2016。敵地で連敗を喫したファイターズが、札幌へ戻ってきた。

監督の栗山英樹は第1、2戦でシーズン中にはあり得ない守りのミスが続いたことを「意外だった」と言った。

「だって、日本シリーズはご褒美でしょ。あの強いホークスをシーズンで倒したのに、クライマックスシリーズ(CS)でもう一度、倒さなきゃならない。負けるわけにはいかないと必死だったCSに比べれば、日本シリーズは思い切ってやれるものだと思っていたのに、逆にプレッシャーがかかっちゃったみたいで、えーっ、どうしちゃったの、みんな、という感じでした」

監督1年目にリーグ制覇を果たしながらジャイアンツに敗れた日本シリーズも、連敗からのスタートだった。栗山は日本一を手にするために、どう巻き返しを図ろうとしていたのだろう。

「シーズンと短期決戦は違いますから、僕は日本シリーズはシーズンとは別の戦い方をしなければならないと思っています。シーズン中の戦いはこうだったから、というのは言い訳に過ぎません。短期決戦は試合に勝つことだけに集中できる。ならばこっちは知恵を振り絞って、やるべきことをやり尽くして勝ちにいく。野球人として試されるのが日本シリーズで、短期決戦ではビハインドの状況になればなるほど早めに仕掛けていけよ、絶対に遅れるなよと、それだけを自分に言い聞かせていました」

パの本拠地となってDHが使えるようになり、大谷翔平はDHとして3番に入る。その大谷が第3戦、さっそく打ちまくった。初回にツーベースを放ってワンアウト二、三塁のチャンスを作り、4番、中田翔のショートゴロで先制の1点が入る。4回にはまたも大谷がツーベースを打ってノーアウト二塁のチャンスを作りながら、中田がセカンドフライ。大谷が作るチャンスで4番に一本が出ない。カープに1点のリードを許したまま3連敗が現実味を帯びてきた8回、ツーアウト二塁で大谷が敬遠気味に歩かされた。そして4番の中田勝負――。

カープのセットアッパー、ジェイ・ジャクソンのスライダーを、中田がバットの先でレフト前へ運ぶ。その打球をレフトが後ろに逸らして、2人のランナーが還った。試合は3−2となって逆転、中田が右の拳を小さく突き上げる。栗山はその場面をこう振り返った。

「あの年のシーズン途中、僕は監督になって初めて、ケガ以外の不振を理由に翔を4番から外しました。でも、もう4番を外しても大丈夫だと思ったからそうしたんです。翔を4番として認めたからこそ、できたことでした。翔に自信がないときにそれをすると、前へ進めてきたことを止めてしまう。どんなに調子が悪くてもしっかりバットを振って、なんとかしてくれる選手でなければチームを背負えないし、4番は張れない。みんなが欲しいときの1本を打ってくれるのが4番で、大事なところで打ってくれればいい、それが4番なんだということを翔にはずっと言い続けてきました。責任があればあるほど、自分がやらなければならないところに追い込まれていく。だから日本シリーズは野球がうまくなる場所なんだと思います」

「選手たちはともに
チームを作り上げてきた仲間」

延長に入ると、目の前で大谷がサヨナラヒットを打って、試合の決着がついた。第3戦をファイターズが取って、迎えた第4戦。1−1のまま迎えた8回、フォアボールで歩いた中田を一塁に置いて、今度はブランドン・レアードが放った打球がセンター左のスタンドに飛び込んだ。その瞬間、ベンチの栗山は珍しく両腕を天に突き上げた。これで2勝2敗のタイ――そして第5戦、ここまで20打数2安打、打率1割と極度の不振に陥っていた西川遥輝が同点で迎えた9回、ツーアウト満塁と一打サヨナラのビッグチャンスで打席に入る。西川はハラを括ってまっすぐ一本に絞り、バットを振り切った。打球は大歓声を切り裂きながらライトスタンドに突き刺さる、サヨナラ満塁ホームラン。中田、大谷、レアード、西川……栗山が我慢して使い、育ててきたバッターたちが試合を決めての3連勝。ファイターズが日本一へ、先に王手を掛けた。

指揮官の記憶に
焼きついて離れないシーン

「タク(中島卓也)やコンちゃん(近藤健介)も含めて、彼らは僕と一緒に成長してきた選手だと思っているので……みんながそう思ってくれているのかはわからないけど(苦笑)、でも僕にとってはあのときの選手たちはみんな、ともにチームを作り上げてきた仲間でした。ダメなときには代える、でもギリギリまで我慢する、そういう信頼関係の中でみんなが日本シリーズで活躍してくれた。僕にとってはあれ以上ない、理想的な日本シリーズでした」

その中でも、指揮官の記憶に焼きついて離れないシーンがある。ファイターズが日本一を決めた第6戦、大谷はベンチスタートだった。じつは第1戦の7回、バッターとしてファーストにゴロを打って一塁へ駆け込んだ際、大谷は右足首を痛めてしまっていたのだ。それでも第3戦からDHとして出場していたのだが、万全でない大谷を栗山は第6戦でなく、第7戦の先発として温存することにした。

「もし第7戦にもつれ込んでも、最後はカープの黒田博樹と翔平が投げ合うことになるんだろうな、なんてことを思っていたんです。連敗して、ここからどうやって4つ勝つかを考えたとき、最後は野球界のために黒田と翔平が投げ合って雌雄を決するというのが今年の日本シリーズ、野球の神様が綴る物語なのかと……」

ピッチャーの大谷は第7戦の先発。ということは第6戦は登板前日となり、バッターとしても出られない。もとよりセの球場でDHは使えなかったので大谷の出番はないというのが大方の見方だった。しかしカープにしてみれば、第6戦が始まってみて明らかなことは、大谷は試合に出ていない、しかしベンチには控えている、という事実だけだ。この“ベンチにいる大谷”の幻影が、カープを苦しめることになる。

ネクストバッターズサークルに大谷が……

4−4の8回、ファイターズがツーアウトからチャンスを掴んだ。西川、中島、岡大海と3連打が飛び出して、4番の中田……ここで指揮官が密かに動いた。中田の次の5番にはピッチャーのアンソニー・バースが入っていた。するとネクストバッターズサークルに、大谷が出てきたのである。1点でも勝ち越されたら大谷がマウンドに上がるのではないかと疑心暗鬼になっていたところへ、ヘルメットをかぶってバットを持った大谷が出てきた。やはり今日の大谷は代打要員だったのかという動揺が、カープのベンチ、選手たちに波及する。栗山がこのときの意図を説き明かした。

「もちろん、ネクストに翔平を行かせたのは完全なブラフで、行くぞという雰囲気を出せばいいとコーチに伝えてもらっていました。代打に起用するつもりはゼロです。ところが、打席に立たないことはわかっているはずなのに、翔が歩いて押し出しになった途端、翔平、打席に向かおうとしたんです。あわてて『翔平っ』と呼んでも、知らん顔して行こうとしていた(笑)。その光景は僕の原風景に重なりました。いつだって野球をやりたい、プレーしたい。代打はないという場面でも打席に立ちたがる翔平の、これが野球の原点なんだ、ということを感じさせられたんです」

勝つことは大事だが、
勝つだけではダメ

まだバッターボックスにも立っていない大谷が気になってジャクソンはストライクが入らず、中田に押し出しのフォアボールを与え、ファイターズに勝ち越しの1点が入った。なお大谷と思いきや、大谷はベンチに引き上げ、バースがそのまま打席に入る。混乱したジャクソンが投げたまっすぐをバースがうまく合わせて、タイムリーヒット。続くレアードが満塁弾を放って、この回、一挙6点。勝負は決した。栗山はピッチャーとしての大谷もバッターとしての大谷も、ジョーカーのように使うぞ、使うぞとちらつかせながら、温存したまま第6戦を戦い、日本一を勝ち取ったのである。

「野球界のことを考えたら、第7戦で黒田と翔平が投げ合って日本一が決まる、というのも見てみたい物語でした。でもそれを実現させずに第6戦で決着がついたのは、野球の神様が大谷翔平を壊したくなかったからなのかな。もし第7戦があったら、あの足首の状態でも翔平はかなり無理をしたと思います。その無理がたたって、肩やヒジに痛みが出たかもしれない。そう考えると、やっぱり翔平って野球の神様にとことん愛されているんですよね」

栗山は監督として“勝利とロマンの二刀流”を求めてきた。勝つことは大事だが、勝つだけではダメで、どうやって勝つのかも大事だというのが、栗山の価値観だ。それは野球界のことを思っているからこその発想でもある。

「だからこそ、今年は何が何でもバファローズとタイガース、関西ダービーの日本シリーズを見たいんです。これだけ2位以下を引き離したチーム同士が戦ったらどうなるのか。2016年のカープとファイターズのときのように、セとパのチャンピオンチーム、それぞれの力関係を確認したい。圧倒的な投手力を持っているバファローズ、すぐにレギュラーになれるドラフト1位の選手をこの6、7年、何人も獲り続けているタイガース。この両チームが日本シリーズで戦ったら、どういう形になるのか。僕にとっては野球の勉強にもなると思いますし、ぜひ見てみたい。楽しみにしています」

栗山は今、自らの関心の赴くままいろんな世界の人に会い、前のめりに話を聞いて、野球界の未来へと想いを馳せている。

「たとえば北海道の僕の自宅にある野球場(栗の樹ファーム)にアオダモの木を植えていますが、アオダモを植えたからといって、選手が使うだけのバットが作れるとは思えません。それでも野球のバットに対して、魂を込めて感謝の気持ちを伝えたいという想いで植樹しています。いつか、誰かがあの木をバットにして使ってほしいなという夢はありますね。将来、翔平がどこかのチームの監督をやっているとき、翔平が一番愛する選手に使ってほしいかな(笑)」

SMBC日本シリーズでは、開催期間中に出たホームラン1本につき、バットの原料として知られるアオダモの苗木を10本植樹する「ホームラン植樹プロジェクト」を今年も実施。未来の世代が安心して野球を続けられる環境作りを目指している。