□「共同体を築いていく」とは、他者を尊敬すること □「ほめるな」の真の意味は「自立」にある □「愛」を知り、自己中心性から脱することが「幸福」への道

「共同体を築いていく」とは、他者を尊敬すること

本書は、前作の『嫌われる勇気』と同様に、悩みを持つ青年とアドラー心理学を理解する哲人との対話形式で構成されています。

前作から3年、アドラー心理学に心酔した青年は中学校教師になり、学んだ思想を実践した教育に取り組んできました。
「生徒たちをほめてはいけない。叱ってもいけない」という教えを律儀に実践してきたのです。

しかし、その結果「教室は荒れてしまった」と青年は言います。
「アドラーの思想は、現実社会では何の役にも立たない。机上の空論でしかない」。
哲人に再会した青年は激しい言葉をぶつけます。

そんな青年に哲人は「教育の目的とは何なのか?」と問いかけます。

アドラーは、教育の本来の目的を「自立」する力、すなわち「社会と調和して自らの人生を歩む力」を得ることにあると考えました。
ほめたり叱ったりすることで先生が生徒たちの行動をコントロールしようとする教育方法は、この本来の目的とは相いれないと主張したのです。

ほめたり叱ったりしているうちに、生徒たちはいつしか先生にほめられようとして行動するようになり、やがて自らの人生を歩むのではなく、他者の期待を満たすために生きるようになってしまうからです。

では、どうすれば生徒たちの「自立」する力を育めるのか?
哲人は「生徒たちを一人ひとりに対して、ありのままの存在を認めてあげなさい」と青年を諭します。

そして「どうすればそんなことができるのか?」と問う青年に言います。
「生徒たちを尊敬しなさい」

アドラーは相手を「尊敬」することが豊かな人間関係を育み、また社会と調和して生きていくための基本だと説きます。
ここで言う「尊敬」とは相手を仰ぎ見る態度ではありません。相手をありのままに、かつ対等な存在として認め、敬意を持って接する姿勢です。

この姿勢は相互に影響しあい、広がっていくとアドラーは主張します。
確かに、人間関係には、さながら鏡のように、こちらが好意を持って接すれば、相手も同じように接してくれるといったことがよく起こります。

この考えはビジネスの現場でも応用できるのではないでしょうか。部下からの尊敬を得られないことで悩んでいるのであれば、まずは部下を一人の人間として尊敬してみるのです。
その姿勢が部下に影響し、あなたへの態度が変わることは十分に起こり得るはずだからです。

「ほめるな」の真の意味は「自立」にある

アドラーは賞罰を禁じ、「叱ってはいけない、ほめてもいけない」と断じています。

この考え方をどう思われましたか?
学校での激しい叱責や職場でのパワーハラスメントが問題になっている今、「叱ってはいけない」は比較的受け入れやすいかもしれません。

一方、「ほめてはいけない」については納得できない人も少なくないでしょう。ほめられることでやる気を出し、自信を得たり能力を磨いたりすることは誰にでもあるからです。

とはいえ「ほめて伸ばす」方法には確かに注意しなければならない点もあります。
やりすぎれば、生徒たちはほめられたいがために、先生の考えを常に忖度するようになり、自ら考える努力を怠ってしまうかもしれません。

教育の現場だけではありません。職場でも部下が上司の承認を得たいがために上司の方ばかりを見るようになったら、「何がお客のためになるのか?」「何が会社、社会にとってプラスになるのか?」という本質的な視点が置き去りにされてしまいかねません。

「ほめて伸ばす」を全否定する必要はもちろんないと思います。
しかしアドラーの指摘は、教育や企業の現場で今や当たり前のように活用されているこの方法論について、長所や短所を改めて冷静に見つめ直すきっかけにもなるでしょう。

「愛」を知り、自己中心性から脱することが「幸福」への道

アドラーはさらに真の「自立」を成し遂げるためには、「愛すること」が不可欠だと説きます。
「愛」という言葉には手あかがついている印象がありますが、アドラーの「愛」についての考察は独特です。

哲人は青年に「人を愛することによって人生の主語が変わる」と言います。
きょとんとする青年に哲人は続けます。

「われわれは生まれてからずっと、『わたし』の目で世界を眺め、「わたし」の耳で音を聞き、『わたし』の幸せを求めて人生を歩みます」。しかし愛するパートナーや家族ができたら、「『わたし』だった人生の主語は『わたしたち』に変わります」

そして、そのことによって人は過剰なほどの自己中心性から脱却でき、自分は世界の一部なのだと了解できるようになると哲人は言います。
甘やかされた子ども時代に別れを告げ、社会と調和して自らの人生を歩む──すなわち「自立」を成し遂げられると言うのです。

アドラーの説く「愛」の効用は、シニカルな人にはいささかロマンチック過ぎるかもしれません。
しかし、「愛するパートナーや家族を得たことで人間的に成長した」といったことが人生で起こり得るのを私たちは経験から知っています。
「家族ができて、より頑張れるようになった」「子供が生まれ、人間として幅が広がった」といったことはしばしばあるでしょう。

アドラーは加えて「愛」が真の幸福へと私たちを誘うと指摘します。私たちはつい「幸福」を求める際、「わたしの幸福」を求めてしまいます。
しかし、それでは真の「幸福」には辿り着けません。

なぜなら「わたしの幸福」を求める利己心や自己中心性は、いずれどこかで他者との間で軋轢を生じさせてしまうからです。

幸せになるためには私から私たちへと主語を変えなければなりません。
そのために人を愛すること、それこそが本書のタイトルにある「幸せになる勇気」に他なりません。

渋谷和宏のコレだけ覚えて

「わたしの運用」から「わたしたちの運用」という見方に変える

アドラーの思想は一見、ビジネスや運用・投資などの経済活動とは無縁に思えます。
しかし、その深い洞察や倫理観は、私たちの経済活動に対しても貴重な示唆を与えてくれます。

例えば、「幸せになるためには自己中心性から脱却しなければならない」というアドラーの主張です。

私たちは日々のビジネスの現場で、しばしば「自分さえ良ければいい」「会社の利益が第一だ」という自己中心的な誘惑にとらわれてしまいます。
しかし、その考えや行動を続けていると、いずれ壁にぶつかってしまいます。
どこかで必ずお客や社会、他社との間で軋轢を生じさせてしまうからです。

運用・投資についても、「私」だけの利益をひたすら追求するあまり、無茶な決断をしたり短期的な思い込みで売買を繰り返したりしてしまうかもしれません。しかし、愛するパートナーや家族も含めた「私たち」のための運用・投資だと考えると、より冷静に、かつ長期的な視点で判断を下せるようになるのではないでしょうか。

  • 2020年3月現在の情報です。今後、変更されることもありますのでご留意ください。
渋谷 和宏

渋谷 和宏

しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。

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